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オカマバーで混迷す

 
 少し過去の話を失礼。


 ある時、女5人でオカマバーに行くことになった。

 勤めていた会社の担当内での小さな送別会だ。
 主役の強い強い強ーい意向によるものである。


 正直なところ、そのイベントについては、主役のマコ(24)以外は乗り気ではなかった。
 繊細な気質のアサミさん(32)などは、裏で相当嫌がっていた。欠席してもいいですよと伝えたが、気持ち的に送別会を欠席するのも出来かねるらしい。

 私は多少の興味はあったが、実は以前ラジオの仕事をした時に、オカマさんと言葉をかわす機会があって、オカマさん特有の下げコミュニケーション(相手を下げたり、文句をいう感じで笑いをとる、あの感じのコミュニケーション)がちょっと苦手だった。
 ゆえに人生経験として一度くらい行っておくか……という気持ちで臨んだ。



 5人で検討した結果、店は無難に有名店を選んだ。

 当日はマコだけ、その足取りが軽い。
 どうも気を使いがちな私(当時25)は、るんるんなマコと、渋々な他3人(みんな私より7歳以上年上だ)の両方をオロオロと見比べながら、なんとなく気が重かった。


 さて。
 オカマバーに入ると、5人客に3〜4人のオカマさんがついてくれた。

 オカマさんたちは、テンプレートな『オカマ』のイメージに則した接客をしてくれる。

 アサミさん以外の年上女子2名は、百戦錬磨のコミュ力を持っており、ちょっと低めのしゃがれ声で毒舌を吐いては自分を下げてくる相手に、上手くやり返してトークを成立させていた。(素直にすげえ)

 私はオカマさんに「あんたは女子アナって感じね!」と見た目の印象を言われたあと、「でも女子アナの方が気が利くし、性格もいいわよ」と言われて、なんと返したらいいかわからず、「はははー…おっしゃると通りで」と曖昧に笑ってしまった。
 コミュ力0(ゼロ)の鏡のような女である。


 そんな風に微妙なノリで話をする中で、1人のオカマさんがフューチャーされた。
 その人はこの店で働き始めてまだ1ヶ月ほどで、それ以前は有名大手企業で主任をしていたのだ、と教えてくれた。

 本当に余計なお世話だし、昨今のLGBTを訴える人はこういったささやかな他人の感想の塊に窮屈な思いをしてきたのだろうと思うが、

 (周りのオカマさんたちも言っていたが)やっぱり咄嗟に頭に浮かぶのは『そんな仕事を辞めてしまってもったいない』という言葉だったりする。

 歳は30代半ばだと言っていて、女装をしても貞淑そうな和美人に仕上がる整った顔立ちで、有名企業で主任をしていたのなら、さぞモテたであろう。

 私の主観で考えるそういったことはきっとすごく安易で、そのオカマさんには、会社を辞めてオカマバーで働くことを選ぶという、なにか大事にしたい強い気持ちがあったんだろうと思う。
 彼女という人間のことは知らないが、彼女が満足できる生き方が続いていくといいなあと思った。

 ちなみにそのオカマさん、当時はお客さんに遠慮して毒舌をかますことができず、あまり喋れないでいる楚々としたオカマさんだった。オカマバーの『オカマ』としてはどうもキャラが沈みがちだが、それはそれで好きな人がいそうだなーと思った。



 そうこうするうちに、アサミさんが顔色をどよっと沈ませて、トイレに向かった。そしてしばらく帰ってこない。

 限界だったのだろうと、私は様子を見に行った。
 「無理せず、帰ってください」と言うためだ。

 するとトイレの手前付近に、おしぼりを持ったオカマさんが立っていた。私たちの席についてくれていたオカマさんだった。

 彼女は私と目が合うと、
「怖がらせちゃったね」
 と苦笑いした。

 この人は席について喋っていた時は口達者な毒舌オカマさんだったが、地ではないらしい。
「ああいうのが一応芸風だからさ。でも多分、嫌だったんだよね」
 とアサミさんが入っているトイレの方を伺う。

「あー、でも、元々繊細な人なので、気にしないでください」
 と私はあえてへらへら笑って返しながら、彼女と役を代わった。
 オカマさんが悪いわけではないが、オカマさんがいてもアサミさんは出づらいだろう。

「ごめんね、ありがとう」
 と私に言ったオカマさんの寂しげな表情に、(きっとこの人、良い人なんだろうなぁ)と思った。

 そして『オカマ』という存在自体を怖がってしまっている今のアサミさんに、アサミさんを心配するこのオカマさんの優しさは伝わらないのだ。

 うーん、なんだか切ないな。

 と感じながら、私はトイレのドアをノックした。



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