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紅茶詩篇『奪われた花だった』

 片思いが痛くて、異常を感じていた。苦しみではなく、痛みだったから。その相手が、私だけが一方的に惨めになる場面でだけ、輝いていたから。
 片思い、一人恋。苦しんだ一人恋だけで学んだ愛だけで、恋の痛みを癒やしていた。痛みに生まれた想いに慰められることを、おかしいと思ったんだ。正しさが私を守っていないことに気づいたんだ。呪いで出来た恋から、誰も私を守らない恐怖を。
 仕組まれていた恋だった。相手は悪魔だったのだ。自分に親しむように、丸めた体液で拵えた毒気を、その男が私に刺していたと知ってしまった。
 ひとを殺して、願いを叶えた男だった。私に、惚れる幻術をつかっていた。
 薔薇だけに愚痴を言って、その男を斬ってみた。どろどろりと人間から悪魔の中身が出てきた。
 夢の一つも叶わないまま、夢まみれの男のためになど朽ちたくはなかった。
 疲弊して奪われた私のため、斬った男を、夜に攫った。言葉を奪いながら。言葉を飢えた薔薇で啜り干しながら。
 汚された庭と作業部屋、私の夢のための時間とおうちの時間に気づく。幻術に奪われていたものの全てに、壊れたアトリエで気づいた。
 私への懸想に世界中の薔薇が殺気立っていたことを知った。
 その下想に世界中の山査子(さんざし)が、激怒していたことを知った。
 原稿用紙を拾い集めて、夜明けを待った。夜の狭間にその男を放り捨てて。
 攫った夜が去ると、私は私の待ち人と出会った。
 ずっと私をみていてくれた、だけれど私の目にはみえなかった待ち人との、本当に通う想いの行方をみることとなった。
 不在の一人恋の涯てに。

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