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紅茶詩篇『おくやみ』

 寝台に横たわる女の子。戦い倒れて死の眠り。

 倒れながら、どの争いの当事者でもなかった子。

 巻き込まれてしまっただけの、やさしい子。

 殺してしまった。汚れた影々を。

 薔薇を抱えて、悪い子の数だけ。

 慈悲と無償のやさしさが分からない悪い子に、髪を切る悪ふざけをされた。

 怯えたふりをしていれば、誰かを傷つけても赦されるというしたり顔が欺けなかったうつくしい子。

 やさしくされること、うつくしい子によくされることに条件をつけた自分の問題を、うつくしい子に浴びせて傷つける理由にした所為。

 うつくしいから死神に選ばれた子。

 彼女は泣きながら、死の眠りの中にいる。

 神々から堕ちたる者とおよそ無縁の者から、お祝いのお供物が届いている。

 私の次に神に迎えられる子の誰かに、私は何を贈ろうかなと、もうすでにかなしく結わいた口元。

 美味しい日常の匂い、動けない身体の涙。

 死の眠りの中で聞いたもの。

 食事の支度、スープを煮る音、パンが香ばしい匂いの音。

 悪魔を斃した。それがやさしいからうつくしい子の最期の姿だった。

 他人(ひと)が嫌がることをするから嫌われるんだと、悪意を切った。

 悪意は正体を現し、毒を塗ったはさみを放り出して、笑って逃げた。

 それから悪魔を葬式から追い払う日々が続いた。

 あっちへお往きと鎌を振るった。

 やさしく心の行き届いた仕事道具を抱えていた。

 ノートには、傷を治してあげたいひとのことが書いてあった。

 青い羽根のペン、夜色のインク。

 お葬式の執行。生前の家族たちの元へ。涙を偲ばせながら。

 式とそのひとの死に集った数の悪い子たちが好きではない香りの花と葉を飾る。

 それから新聞屋さんの電話を応対。

 おくやみの欄に載せてもらう内容をお伝えする。

 住所は番地までは載せないで、町名まで。

 引き物のセールスが来ちゃうから。

 やさしい子にしか出来ないお仕事。

 あの日の悪い子が死神を見ている。はさみを持って。

 亡くなった家族の背中に紙を敷いて、死水を取っていたときだった。

 死神はやさしい。葬儀屋のように。

 無くなった方の背に紙を敷いて差し上げるだけ。

 葬式を取り仕切るだけ。

 お気持ちで納められた花を数えて、お届けするだけ。

 お菓子を配り渡した。

 あの日の悪い子には、鎌を一振りして、お茶を一袋あげた。

 やさしい子にしか出来ない水取り。

 唇の黄昏紅(ダスクルージュ)を塗り直すことだけが休憩。

 安い言葉で死ねないから。

 重い言葉で戦えないから。

 うつくしいから死神になった子は、切られた人間としての人生を思い出していた。

 悪い子が落としていったはさみを、懐紙でくるんで持って帰った。

 おうちで手を合わせて祈った。

 拾ったはさみをリボンで縛って、お花と納める支度をする。

 受け入れられることに条件をつける自己と、全て他人に泣きついて呪うように甘えていた子のはさみ。

 うつくしいから死神になった子は、朝刊のおくやみの欄を、コーヒー片手に読んでいる。

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