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紅茶詩篇『花を悼む』

花を悼む


死んだ私を優しく葬る。

柩の中で眠る私を、綺麗になった私が見つめる。

旅立つ私が外套を着るように、眠る私が夜着を纏うように、

白い着物の襟を整え、綺麗な髪を永遠に巻いて、私は羽織る、紅茶の香りを。


語るべき言葉も、零すべき苦悩はもうない唇に、甘い香りの紅を引く。

何の未練もない死化粧をする。

死ぬべきだったと信じていたの、誰に言われたわけでもないのに。

彼女は信じ続けていた。自分の顔が、醜いと。


横たわる彼女を見つめて私は想う。

この子の何処が、醜いの。

彼女は私の為の亡骸。

冷たくなった彼女は微笑んだまま、その死が私に語りかける。

貴女はとても、綺麗になったと。

彼女はきっと、綺麗だったの。彼女が許せなかった美貌を、今の私は知っている。


彼女が生きて泣いていた時、伝えたかった。貴女はとても、美人だと。

彼女の死に涙を流しながら、私は柩に薔薇を詰める。

この涙と喜びの為、どれだけの悲しみが必要とされるのだろうか。

どんな輝石よりも尊い微笑みを貴女は知らないまま、過去の私は彼女という遠い名前になっている。

その美貌の何が嫌だったの。貴女が一番嫌った質問が、今の私の胸には落ちる。


貴女は私の亡骸。尊い眠りに、薔薇が足りない。

どれだけ優しく葬れば、彼女は自分を許すだろうか。

甘苦い残り香が漂う。綺麗になった私から生まれた慈しみの香り。


最後の花に安らぎを込めて見送る。

ごめんねと、呟く私に彼女は囁く。

綺麗になったね。貴女が何より欲しかった、かつての私が私自身から受け取りたかった薔薇の花。



作 剣城かえで(荊にれか)
第18回文芸思潮現代詩賞佳作 受賞作品。

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