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企業法務の在り方 Part.02 - 契約書レビューで気をつけること -

 企業法務の業務範囲はとても広いです。専門性の高い業務や、幅広い知識と深めの経験値を求められる業務など様々です。そのような状況の中で、企業法務の皆さんは会社、役員、部門・部署、従業員の方々からの要請・依頼に十分に応えられるかどうか。いろいろな角度を通して、皆さんの会社それぞれの企業法務の在り方を確認してみましょう。

 今回は、前回「企業法務の在り方 - AI契約書レビュー利用検討のポイント - 」の延長で、法務が行う契約書レビュー(契約書の内容確認)について考えてみたいと思います。



法務(人)に出来てAI契約書レビューサービスに出来ないこと

 先日2023年08月01日法務省大臣官房司法法制部は「AI等を用いた契約書等関連業務支援サービスの提供と弁護士法第72条との関係について」(以下、本ガイドライン)を公表しました。これは前回「企業法務の在り方 - AI契約書レビュー利用検討のポイント - 」でご紹介したとおり、法務省は本ガイドラインとその概要の資料を提示することで、AI契約書レビューサービス(SaaSサービス)について「弁護士法第72条に抵触しない」事例を挙げてこのサービスに関する方向性を示しました。ただし、このAI契約書レビューサービスに「法第72条に抵触しない」とお墨付きを与えているわけではなく、特定のサービスや特定の機能等を指して法第72条の抵触に該当する事例を挙げるにとどめている点で、肝心な部分がグレーなまま残り、ベンダーとそのサービスを利用する皆さんにとって不安が残ったままで利用することになることが残念です。

 私は企業法務経験者で、現在も企業法務業務支援や法務部門立ち上げ支援サービスを提供している身ですが、AI契約書レビューサービスは肯定も否定もしない立場でこのサービスをとても興味深く見ています。
 私がその内容を見て感じたことは、法務業務にこのAI契約書レビューサービスを使うことについて違和感がありません。理由は、企業法務がこのサービスを利用することで法務自身の業務効率が向上し、ひいてはその会社全体の業務効率向上と業績/企業価値の向上の一翼を担えるのであれば、とても有効で価値ある業務ツール(手段)であると考えるからです。契約書レビューはかなりの時間を要しますし、この業務に費やす時間が短縮できれば他の業務や法務問合せの対応に時間を割くことができますので、企業法務全般の業務効率向上の効果は相当高いと考えます。それに、このサービスが法務の皆さんの仕事を奪うものではありません。これを裏付けるポイントは「法第72条・非弁行為」です。

 このサービスには出来ない仕事があります。そのなかに「鑑定」「その他法律事務」があります。(*詳細は本ガイドラインとその概要版を参照してください。)これをこのサービスが行うと「鑑定…その他の法律事務に該当し得る」とされ、非弁行為となり得るとされています。
 本ガイドラインに挙げられている事例のひとつが次のものです。

(ア)その利用者による非定型的な入力内容に応じ、個別の事案における契約に至る経緯やその背景事情、契約しようとする内容等を法的に処理して、当該処理に応じた具体的な契約書等が表示される場合

出典:本ガイドライン3ページ/3(1)ア

 上の事例は、個別事案の経緯や背景、契約しようとする内容等を踏まえて、これに応じた契約書の作成、修正等を行うことです。これが非弁行為に該当し得るとしています。これができるのは、外部に委託するのであれば弁護士、行政書士です(*行政書士に関する根拠法令は、行政書士法第1条の2第1項、第1条の3第1項3号です)。ちなみに、弁理士、税理士、公認会計士の先生方は「行政書士となる資格を有する者」ですが、日本行政書士連合会に「行政書士登録」していなければ行政書士の業務はできません。
 この事例を踏まえて企業法務の業務に振り返ってみますと、法務の皆さんは会社/部門、従業員の皆さんが法務業務に抱く期待値をどれくらい満たしているでしょうか。

 例えば、取引先等契約の相手方から契約書が提示されてきたとき、営業担当者や部門としては各条項の設定内容の程度(例:損害賠償条項)や、相手からきた契約書の各条項を自社の契約書雛形の条項と合わせたい(例:機密保持条項の機密保持期間の長短)と考えるでしょう。また、これらをその契約に至る事情、経緯などの背景やそのビジネススキーム等を踏まえてみたら妥当なのかどうかを相談し、修正案を提示してもらいたいところです。この点がAI契約書レビューサービスに出来ない点(業務)で、「人」である法務担当に出来ることなのです。ここは大きなポイントなのですが、このような期待に、法務の皆さんは日々応えるようご苦労されているでしょう。また企業法務は、これを法的な観点だけでなく、例えば会社の規程・マニュアルや経理処理上の不都合がないか。会社が経営上、事業上等のリスクとして挙げているものを考慮して問題点がないのかなど、個々の要素または複合的な観点で契約書の内容をレビューします。
 ここが、皆さんの会社が法務の皆さんに期待する業務の一番大きな点であり、法務の皆さんがその期待に応えるべく日々精進されている点ではないでしょうか。

 このように、人である企業法務/法務担当に出来て、AI契約書レビューサービスに出来ない業務は、上で挙げた事例以外にもたくさんあります。ぜひ皆さんの会社でも、法務業務の効率化を促進する意味で、また会社全体の業務効率向上と業績/企業価値の向上の一翼を担ってもらいたい意味で、法務業務の棚卸しをしつつ改善等をしてみることをお勧めします。



契約書レビューで気をつけること

 法務担当が契約書レビューの業務で気をつけることはなんでしょうか。それは前段の「法務(人)に出来てAI契約書レビューサービスに出来ないこと」でご紹介しましたように、AIのサービスで出来ないことを法務担当(人)が行うことです。
 具体的は次のような業務・作業です。

  1. コンプライアンス観点のレビュー

  2. リスク・コントロール観点のレビュー

  3. 依頼元部門/実務に寄り添った観点でのレビュー

 これらをすでに行なっている法務の皆さんもいらっしゃるのではないでしょうか。
 順に見ていきます。


【コンプライアンス観点のレビュー】

 まずコンプライアンス観点のレビューは、契約書にある取引とその契約書の内容にかかる法令や都道府県・市区町村の規則。これに業界の規則やガイドライン、会社の規程やガイドライン等のすべてを遵守したかたちのレビューとなります。会社の規程やガイドラインとしては、皆さんの会社によっては経理規程とその関連規程やガイドラインがあり、これに販売管理、原価管理等様々な業務プロセスにかかる規程等があると思いますので、これらも忘れないでください。
 このコンプライアンス観点のレビューで気をつけるポイントは、①リスクコントロール観点と依頼元部門/実務に寄り添った観点でのレビューとの兼ね合い、②例外案件を作らない、の2点です。

 ①については、それぞれの観点でのレビューのときに矛盾が生じたり、どちらを優先すべきか悩ましいときがあります。このとき法務としてどのように判断するのか。ここに気をつけたいです。この点は後のそれぞれの観点のレビューの説明でもお話しします。

 ②はとても重要です。会社・事業部門としてあらかじめ決めたビジネススキーム、ルール、業務プロセスがあります。しかし、顧客/取引先が多くなるにつれて会社・事業部門のビジネススキーム等に合致しないこと。例えば、顧客/取引先のルールに合わせなくてはならず、そのために会社・事業部門のビジネススキームが守られない案件が生じてしまうことがあります。これを例外案件と言っていますが、これを作らない/作らせないことは法務とってかなり重要です。理由は、例外案件が発生すると、内部統制の業務プロセスの評価監査に強く影響するからです。この②で気をつけることは、この内部統制への影響がどのくらいあるのかを内部統制責任者に確認することです。必ず行なってください。


【リスク・コントロール観点のレビュー】

 次にリスク・コントロール観点でのレビューは、皆さんの会社のリスク管理状況がどの程度なのか。ここが気をつけるポイントです。皆さんの会社でもちろんリスク管理を実施していると思います。どの程度リスク管理を行なっているのか、その状況はさまざまです。法務の皆さんとしては、皆さんの会社のリスク管理状況に合わせつつ、逆に個別案件から新たなリスクを見つけることがあった場合には、会社のリスク管理担当部門に報告し、連携して当該リスクに対応する。このような点に気をつけなくてはなりません。そのためにも法務は日頃からリスク管理担当部門との連絡、連携の体制を確保しておくことと、会社が挙げているリスクを法務として確実に把握しておくことが必要です。


【依頼元部門/実務に寄り添った観点でのレビュー】

 この依頼元部門/実務に寄り添った観点でのレビューは、前の2つと少々違った見方、または真逆の見方になります。前の2つの観点がありつつも、個別の案件で例外が必要になったり、会社としては少々高めのリスクを取ってでも契約を獲得したいなどの状況があると思います。ここで法務は、依頼元部門/実務に対してどこまで寄り添えるか。ここが気をつけるポイントです。
 法務が前の2つの観点だけで契約書レビューを行うと、必ず依頼元部門やその担当者と衝突することがあります。ここで法務の皆さんは、前の2つの観点を理由に頑なに依頼元部門やその担当者と衝突することは避けましょう。依頼元部門とその担当者には必ず耳を傾け、その要望と意見を尊重しましょう。この尊重こそが、大きな気をつけるポイントになります。依頼元部門とその担当者からの要望と意見を尊重したうえで、①その要望と意見に対して、コンプライアンスとリスク・コントロールの観点から説明できるか。②例外を作らないが、会社としてどこまで許容できるのかを確認する。この2つは法務の皆さんの姿勢次第です。



法務業務として " 行動判断基準 " 

 そして、上の3つの観点を踏まえて最も気をつけたいことがあります。それは法務業務の行動判断基準です。

 コンプライアンス観点は契約書レビュー業務では大前提になりますが、あとの2つの観点(リスク・コントロール観点、依頼元部門/実務に寄り添った観点)で法務の皆さんの行動判断基準によって大きく変わります。ここが、例えば状況次第で変化してしまったり、グラついてしまう/曖昧になってしまうと、会社における法務業務の存在意義が問われることになりかねません。リスク・コントロール観点では、法務はどのような立ち位置で依頼元部門・その担当者とリスク管理担当部門、その他関係者、関係部門と意見調整等ファシリテーションすることができるのか(*立ち位置が中立である必要はありません)。また依頼元部門とその担当者に寄り添うことはとても必要ですが、寄り添いすぎは禁物です。法務の皆さんの行動判断基準がブレます。このブレが発端で、法務業務全体への信頼度に影響したり、法務部門の存在意義が問われてしまう可能性が高いからです。

 この法務業務としての行動判断基準がどのくらいしっかりしているか。これは契約書レビュー業務で顕著に現れますので、法務の皆さんはぜひこの行動判断基準をしっかり決めて業務に励んでください。



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