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" 発生事実(不祥事/不正行為) " が発生しない上場会社の内部監査 Part. 10 - 点を線で結ぶ監査 -

 上場会社での発生事実(不祥事/不正行為)が跡を絶たない昨今、内部監査はその責務を果たすため、どのようにしたら良いでしょうか。
 直近事例を内部監査の目線でみていきます。 



 今回ご紹介する直近事例は、元社員による顧客先財産着服事案です。状況としては、当該元社員が顧客先預金口座から不正な方法を用いて領得し、これを隠匿するため通帳残高と決算に関する書類等を改ざんしていた、という経緯です。

 今回の直近事例のポイントは、

  • 証憑は語る。

  • 不正行為を不正行為で隠す。

  • 不正行為の未然防止は、ルールではなく社内/社員教育。

 これらを内部監査の目線でみてみましょう。



直近事例から - 概要説明 -

【事案の概要】

 当該会社の社員1名(以下「当該社員」といいます)が体調不良を理由に欠勤が続いた。
 ある日、当該社員から個人的に投資勧誘を受けていた者が当該会社に対して、当該社員と連絡が一切つかなくなった等の申告をし、このことから当該会社が社内調査に着手。当該社員による顧客先財産の着服疑惑が発覚した。当該会社は当該疑惑を調査すべく、調査委員会を設置した。なおこの調査委員会のメンバーは、本疑惑の重大性を鑑み、社内ではなく社外の法律、会計の専門家を構成員とした。

 調査の結果、顧客の財産に関する書類(通帳残高、決算報告書等)の不一致、改ざん・偽造の形跡を発見した。これによる被害金額は9億円あまり。
 この調査によって明らかとなった当該社員が行なった行為・手口は、次のとおり。

  ・顧客預金口座から金員を引き出すための払戻請求書の偽造
  ・顧客の印鑑の不正保管と不正使用
  ・当該会社への虚偽報告(顧客先決算報告、債権管理)

 これらの行為は複数回、相当年数行われていた形跡があるが、現在調査中。

(出典:TDNETに掲載の某社リリース・調査報告書より要約)


 この直近事例で大変興味深い点があります。それは以下の点です。

  • 内部監査が業務監査していたにもかかわらず、不正行為を検出していない点

  • 滞留債権管理フローが機能していない点

  • 業務の不正行為への監視とその改善を行う部署の機能が不全に陥っている点

 この3点です。


 今回の事案は元社員1名が行なった不正行為です。その手口から見たらいつでも・いくらでもその不正行為は検出可能でした。しかし当該会社は、自ら定めたルールを行わず、また業務の不正行為への監視とその改善を行う部署の機能が、ほとんど働いていない状況であったために不正行為の発覚が遅れました。ガバナンス体制の機能不全が明らかになったのです。

 さて本題に入ります。



証憑はウソをつかない

 以前 以前の記事「" 発生事実(不祥事) " が発生しない上場会社の内部監査 Part. 07 - 社内資料が会社の命運を分ける -」でご紹介しましたとおり、証憑は会社にとって大切な資料です。その保管状況、保管方法には注意が必要です。内部監査や内部統制の評価においては、この証憑の有無、その記録の内容を確認、突合等照合、整合確認を行います。

 照合作業で大切なことは、証憑は「点」で、これをつないで「線」にするのは内部監査の皆さんです。ただ、内部監査ではその証憑の有無とその記録の内容の確認、つまり「点」を重視しがちです。これは以前の記事「" 発生事実(不祥事) " が発生しない上場会社の内部監査 Part. 06 - クロス監査で抜け漏れ/取りこぼし防止 -」でご紹介しましたが、内部監査は証憑を収集して、その業務に合った証憑を記録し、保管していることを確認することに集中しがちです。これですと、今回のような証憑を改ざんされたケースでは、一連の業務の流れ上で整合しない箇所を見出すことは難しいです。

 しかし、ご安心ください。証憑はウソをつきません。証憑を改ざんしても、その証憑は「自分(証憑)は改ざんされていますよ」と語りかけます。今回の直近事例では、その証憑を改ざんして不正行為を隠しています。つまり不正行為を不正行為で隠しているので、業務という「点」においてこれの証憑一つを確認しただけではその証憑が改ざんされているかどうかは見出しにくいですが、一連の業務つまり「線」に沿って証憑をつなぎあわせて確認すると、それぞれの証憑が整合しない箇所を見つけることができるのです。これを見つけやすい業務は、一連の業務の最終地点である滞留債権管理です。今回の直近事例では、この滞留債権管理が十分に行われておらず、結果としてこの不正行為が長期間で多額の被害金額になっています。当該社員は顧客に対し架空の請求書を発行して顧客の口座から請求額分の出金を行なっています(第一の不正行為)。この不正な出金を隠すために、債権管理で入金消し込みや顧客先の通帳残高と決算に関する書類等を行っていたようです(第二の不正行為)。当該社員は、不正行為を隠すために不正行為を重ねることでその場しのぎ的には一連の不正行為は発見されないと考えたかもしれませんが、結果的には調査委員会による調査で証憑が改ざんされていることを見破られています。「証憑は語る」のです。



クロス監査で抜け漏れ・見逃しをしない

 こちらも「" 発生事実(不祥事) " が発生しない上場会社の内部監査 Part. 06 - クロス監査で抜け漏れ/取りこぼし防止 -」でご紹介しましたが、内部統制と内部監査の両方の目線で「点」と「線」で結び、これを「面」と捉えて監査対象となる部門・業務を監査すること、これがクロス監査です(*私独自の造語です)。内部統制の評価を内部監査部門が行なっている内部監査の皆さんは、このクロス監査に違和感が無いと思います。例えば、内部統制整備/運用監査を実施中にある業務または証憑の記録方法や保管方法に支障があることを検出することがあるでしょう。この場合、運用評価後のロールフォワード時に再評価を行うのではなく、別途内部監査でテーマ監査の対象として監査するケースがありますが、内部統制と内部監査では、同じ業務、ポイント、証憑を見るにしても、その照合、検証方法等が違います。これを普段の内部監査の手法として活用するのです。ただし、このクロス監査は通常の内部監査とは違い、書面監査〜ヒアリング〜検証・確認等の工数は倍以上となりますし、また「面」として捉えて監査する場合は、各業務で使用する膨大な社内資料が証憑となりますので、これを確認・照合する証憑の数はかなり多くなります。そのため通常の定期監査の手法としてはお勧めできませんが、不正行為を含む不備・不適合の見逃しを防ぐことができます。

 また、今回の直近事例では、内部統制の業務プロセス(PLC)販売管理プロセスにおいて統制項目に挙げられる「滞留債権管理」について、当該会社では社内ルールに沿ったかたちで実施されていないことが判明しています。当該会社では滞留債権は都度発生していたのかもしれません。このような場合、統制頻度も「都度」にしている会社も多く、キーコントロールに設定していないかと思います。しかし、例えば業務上現金を扱う・現金が流通する事業の会社(飲食店、金融、小売業等)では業務も統制頻度も日次/月次に設定するなどして確認・照合していると思います。ただ、その他業種でも、頻度として稀なケースとして現金を扱う・現金が流通することがある場合は、その点が不正行為の温床になることがありますので、ぜひ他業界の統制を参考にして皆さんの会社の統制を見直してみてください。


 これに、クロス監査とは直接の関係はありませんが、第2線(経理部門等経営管理部門/IIAの3ラインモデル5ページ「3ラインモデルの主な役割」参照)で業務をしっかりと行なったうえでどの程度不正行為を検出することができるかが重要です。先にご紹介しましたように、今回の直近事例では滞留債権に関する業務について、当該会社の社内ルールに沿ったかたちで実施されていないことが調査によって判明しています。これは「回収懸念債権の発生が判明した場合、速やかに、経理部主催で、関係者による対応協議の場を設定し、回収懸念債権の回収方針を決定する。」(当該会社調査委員会・調査報告書20ページ引用)の社内ルールがあるにもかかわらず、過去数年にわたって債権回収に関する対応協議の場は開催されておらず、経理部門以外の関係者は「当該売掛金の滞留状況を認識する機会すらなくなっていた」状況でした。つまり、第2線は機能しておらず会社全体のガバナンス体制も機能していなかったのです。このようなガバナンス体制が機能していないことを指摘し、改善のアドバイスを行うことも内部監査の役割です。今後当該会社は改善事項として、ガバナンス・コンプライアンス体制の再構築とガバナンスに関するルールの厳格化、ガバナンス、コンプライアンスに関する社員教育の徹底が最重要課題であり、早急な対応を求められるでしょう。


 内部監査、内部統制の評価で大切なポイントのひとつは、証憑をどのように理解しているかという点です。例えば、発注書・注文書の表記があっても、そこに記載されている内容に契約上必要な事項の記載が漏れていたら、契約書類として適切な証憑とは言えません。内部監査の皆さんは、どのような証憑を見ても、読んで理解し判別する必要がありますし、そのような照合、確認作業ができたうえで、先にご紹介したクロス監査を行う手順になります。そのためにも、内部監査の皆さんにはまず社内資料の内容を理解して、いざ内部監査を行う際にどのような証憑が集まったとしても、慌てることなく内部監査を行えるよう、十分な準備を行いましょう。



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