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管理系部門がIPO準備でやること Part.05 - 人事編 -

 「管理系部門がIPO準備でやること」について、数回に分けて説明・ご紹介しています。
 前回は法務編を2回にわけて説明しました。今回は人事編です。
(*着手する順序は時系列ではないので、その点はお許しください。)
(*約8分程度でお読みいただけます。)




IPO準備期の重要メンバー(切り札)としての人事担当

 人事の皆さんは、管理系部門の他の業務担当と同様に多忙です。例えば、人材採用、労務管理・人材教育・人事考課各制度の拡充など、普段から会社成長の大きな力となる部分を担っています。そのうえで、IPOのタスクが加わることで、業務量(時間)と力量の掛け方は膨大になります。IPO準備に際して、人事が携わるタスクには、「新規上場申請のための有価証券報告書(Ⅱの部)」記載事項(*)に大きな影響のあるものがあります。どのようなものがあり、そのタスクがどの程度IPOに影響のあるタスクをいくつか挙げてみましょう。
(*東京証券取引所「新規上場申請のための有価証券報告書(Ⅱの部)記載要領 」のリンクを貼付しています。ご確認ください。)


  • 人材採用:内部管理体制強化(CFO、経理、財務、IRなど)、業績向上のための体制強化(営業、新規開拓、新規事業など)、直近3か年の従業員の異動状況、人材採用計画

  • 労務管理:勤怠管理(時間外労働・36協定関係、労務管理上の係争)、給与計算(月次決算の早期化と連動)、衛生管理、

  • 人事考課:制度の内容確立と社員への説明、制度の浸透

  • 人材教育:新入社員・管理職等階層別の教育制度確立、定期化

  • 組織:各部門の職務、職責、職務権限、人員配置等組織制度確立   など


 このように挙げてみると、普段の人事業務と変わらないように見えますが、上の箇条書きの太文字部分をご覧ください。この太文字の部分は、先にご紹介しました「新規上場申請のための有価証券報告書(Ⅱの部)記載要領 」にありますが、必要な記載事項です。さらにこの点は「直近3か年」分が必要となりますので、申請直前になって慌てて制度設計等構築することはできません。この点においても、人事がIPO準備にあたって重要なタスクを支える大切な部分を担っていることがよくわかります。このうちいくつかですが、少し深掘りしてみましょう。



【内部管理/業績向上のための体制強化の人材採用】

 これは人事が普段から行なっている業務ですが、IPO準備前・準備中となると一気に加速します。
 先に結論から申しあげますと、IPOのための人材採用はあまりおすすめしません。理由は、先般の記事で説明しましたが、IPOはあくまで会社成長のマイルストーンですので、「IPOのため」という目的で人材採用する意味は、ほとんどありません。IPO前後で会社の成長戦略と戦術(中長期計画)は大きく変化し見直しが必要ですので、このIPO前後両方を経験し、上場後の会社成長を支えてきた人材は、いま現在でもその会社に在籍しているはずですので、必然的に市場に多くないと考えます。また、この採用にかかる時間は短期では難しく、6か月以上の長期間になるでしょう。



【勤怠管理(時間外労働等)の現状把握と管理方法の整備】

 この点を挙げますと、不思議に思われるかも知れません。逆に、IPOを経験された方にとっては、非常に大変な思いをされたご経験を思い出されるかもしれません。この点を挙げた理由も、これがⅡの部の記載事項であり、その内容によってはかなりのマイナスポイントになりかねない項目となるからです。

 特に次のようなポイントがありましたら注意が必要です。

  1. 時間外労働等の理由で労基署の調査を受けた

  2. 1. で時間外労働手当の未払いを指摘された

  3. 1. で勤怠管理方法(労働時間の打刻等)について不十分であると指摘された (例:出社/退社時間について給与計算時に端数の切り捨てを行っていた)

  4. 懲戒処分が行われた

  5. 従業員(既に退職された従業員を含む)との労働審判があった(または係争中)
     *係争事案については、労働時間以外にもハラスメント等があります


 これらはほんの数例です。
 ここで誤解が無いように申しあげますが、大勢の社員が集まる企業集団(=会社)ですので、もちろん問題は発生します。発生しているからダメなのではありません。ポイントは、発生後にどのような対応を行ない、事案解決等問題は収束しているのか、なのです。ただし、係争中または改善する施策を施さずに問題をそのまま放置しているような状況であれば、上場はできません。この点は、証券取引所への上場申請以前に行われる主幹事証券会社による予備審査の時点で審査通過しない、とお考えください。大切なのは、発生後にどのような対応を行ない、事案解決等問題は収束していることです。これはさきほど説明しましたように、Ⅱの部の記載事項(「リスク管理及びコンプライアンス体制」項の「最近3年間及び申請事業年度における法令違反等の状況」)でありますので、その法令違反の状況の内容はもとより、それの対応を行う体制も整っていなければなりませんので、人事の担当者は、給与計算、社保関係のご経験だけでなく、労務管理とそのリスク・コントロールにもご経験がある方が適任かと思います。

 このように、IPOの準備では、一見して財務報告の面を中心に準備を進める会社が多いですが、 “ その他・周辺の業務 ” と思われがちな面についてもくまなく体制を整えて、しっかりとした対応を取ることができるルールを兼ね備えなければ、上場審査に耐えられないものとなります。大袈裟に言うわけではありませんが、IPO準備期においては人事担当者の力は非常に重要で、絶対に必要なメンバー(切り札)なのです。




IPO準備期の人事担当者の役割について

 IPO準備期の人事担当者の役割も、他のメンバー、これまでご紹介しました経理、法務の皆さんと同様、とても幅広い守備範囲を持つことになります。

 この守備範囲ですが、これまで経理編、法務編でもこの言葉を使っております。この守備範囲の言葉を使っている意図は、経理、法務、人事、総務などと、管理系部門では普段の業務上それぞれの業務ごとに役割が決まっているのですが、IPO準備期においてはキッチリと範囲分けするのではなく、その境界線部分はお互いに重なり合っているものです。

 例えば、経理編でご紹介しましたが、IPO準備のときの解決しなければならないポイントとして「月次決算の早期化」を挙げました。このポイントを解決する際にひとつの難関があります。それは、従業員(正社員、非正規社員のすべて)の給与計算です。

 皆さんの会社でも、まず最初に売上高が確定し、次に原価部分、販管費等経費部分などの順に月次決算の数字が確定していくと思います。そして最後に確定するのがこの従業員の給与計算部分です。これが最後になる理由としては、勤怠(時間外労働時間を含む)について各社員からの提出が遅れがちであること。その勤怠時間の確定には上長承認が必要であること。人事は各社員の勤怠時間のほか休暇等の届出状況などを確認するのに時間がかかること、などでしょうか。人事の皆さんは、毎月大変なご苦労があります。本当にお疲れ様です。

 しかし、IPO準備では、このようなことを言っている場合ではありません。上場会社であれば、月次決算はその確定数字を第5営業日までには確定し、第7-8営業日(カレンダー上では毎月10日頃)あたりに開催する定時取締役会にはその月次決算報告をすることになります。また四半期、年次決算のタイミングでは、これに会計監査人(監査法人)による会計監査(財務諸表監査)を経て監査報告を受領し、四半期/年次決算短信を開示するための取締役会で承認決裁を経たうえで開示し、EDNETにおいては四半期報告書の提出をします。これにはいわゆる45日ルールがありますし、監査法人の先生方による会計監査も相当の時間を必要としますので、45日間あるとはいえ、ゆっくりと作業できるわけではありません。なお、この決算短信は東京証券取引所「決算短信」のページで詳細説明がありますので、ぜひお読みください。

 少々傍に外れましたが、この月次決算の早期化を検討し完全実施するためには、必ず経理と人事の連携が必要ですし、大変重要です。もしこの給与計算の早期化という点が解決できれば、月次決算の早期化の80-90%は解決している、と言っても過言ではないでしょう。IPO準備を経験された会社は、ほとんどこの難関と打破して上場していますので、打破できないことはありません。良い方法は必ずありますので、ぜひ他社事例を収集して取り入れることができる方法はぜひ取り入れて、解決させましょう。

 ここでIPO準備期の人事担当者の役割を挙げます。
(*具体的なタスクについてはこの記事の一番最初でご紹介しましたので、そちらをご参照ください。)


  • 法務デューデリジェンス時での、人事、組織に関する事項の洗い出し、精査、コンプライアンス遵守状況の確認

  • 人事、組織に関する事項の規程類等ルールの整備と完全運用の実施

  • 組織図の整備

  • (*これは単なる組織図を作るのではなく、組織図を事業計画、事業状況、セグメント、人員構成などのポイントから検討して、外部に開示できる構成、内容等になっているかを踏まえて整備することを意図しています。)

  • 月次決算の早期化と連動して、勤怠管理の方法など給与計算スキームの再整備と完全実施及びこの完全実施の推進役

  • (*この記事の最初に挙げました)人事が担当するIPO準備タスクの業務遂行とスケジュール管理

  • 外部専門家(社会労務士、労務専門弁護士、人事系コンサルティングなど)との連絡窓口及びタスク遂行のための連携

  • 守備範囲の境界線付近にある問題解決のフォロー  など


 役割を挙げていきますとキリがありません。内容をみてみますと、実態の制度整備だけでなく、先々の事業計画を見据えたうえでの体制・ルール整備から運用に至るまでが、人事担当者の役割となっています。これに加えて人材採用などの普段の業務があるわけですから、経理、法務と同様に業務負荷は時間的にかなり重くなりますが、専門的な知識を多くお持ちであれば、多少経験(実務経験だけでなくIPO経験も含む)が少なくても十分に対応可能であると思います。このあたりをよく理解したうえで、IPO準備に取り掛かってください。




“ 攻め ” の人事担当者がいると会社は心強い

 この小見出しですと誤解を招きそうですが、敢えてこれを表題としました。これの意図として、先に説明しましたように人事担当者がやるべきIPO準備タスク/作業は、非常に幅広く、知識をフル回転させ、社内の関係部門と関係者及び外部専門家との連携も行い、IPO準備だけにとどまらずIPO後の会社の成長を止めない組織と労務管理上の整備をくまなく行うことであり、これを俯瞰しながら実務にあたるという、実に多様な働きを求められますが、総じて言えるのは、これらを受け身の姿勢では実務を遂行できず、攻めの姿勢で実務にあたることが求められるということです。つまり、積極的姿勢で会社の経営方針に対して必要な行動計画を考え、能動的姿勢で行動計画を実行に移すことができる “ 攻め ” の人事であることが必要なのです。このように考えますと、やはり人事担当者が1名というのは難しいので複数名必要となるでしょう。また必要に応じて、先に説明しました人事のIPO準備タスクを細分化してそれぞれ外部専門家に業務委託することもお考えください。

 会社では、どのような業務を遂行するにしても “ 攻めの姿勢 ” を求めると思いますが、組織構成上すべての業務で攻めを求めては、会社運営に無理が生じます。どこかに “ 守り ” が必要になりますが、一般的に人事の業務はその守りの業務に入るでしょう。しかしIPOは会社成長への道の道程(マイルストーン)で、そのIPO準備は会社成長のための基礎体力と筋力の増強を図る工程ですので、先々を見据えたうえで段階的に運動量をUPする必要があります。会社が運動量UPを図るために、具体的には組織再編、人材採用強化、労務管理の再整備など、人事担当者の力量が大いに必要となります。そしてその力量には積極的・能動的姿勢が必ず必要になるのです。このように考えますと、人事担当者に “ 攻めの姿勢 ” が必要であり、ファイティングポーズをとった人事担当者が目の前にいるだけで、会社は本当に心強いでしょう。さらにIPO準備期では、その準備メンバーでCFO等どのような方がリーダーとしてチーム推進をするにしても、この “ 攻めの姿勢 ” の人事担当者がいることで、チーム推進力は倍増します。
(*ただし、準備メンバー全員が “ 攻めの姿勢 ” である必要はありません。必ず “ 守りの姿勢 ” も必要であることを忘れずに。)


 人事担当の皆さん、IPO準備期では皆さんの守備範囲内でさまざまな内容検討と業務遂行が必ず求められます。大変な場面に直面することもあるかと思いますが、気負いしないでください。その場面について経験豊富な人事経験者は数少ないですし、その場面を経験できる皆さんは、非常にラッキーです。ぜひワクワクしながらその場面をひとつずつ遂行していきましょう。逆に、手早く業務をこなす必要はありません。なぜなら、その場面は会社成長には欠かせない階段の一段です。その階段を “ 一段抜かし ” して進むことはしないでください。一段ずつ登ることが大事ですし、一段抜かしして段を踏み外したら、やり直しができません。それほど大切な一段ですので、ぜひしっかりと登っていきましょう。



 次回以降の記事では、他の業務について細かい分野のところをPickupしていきます。例えば、知的財産権管理、IR( Investor Relations )、財務、経営企画などです。

 これらは会社によっては部門/部署として分けているところもありますが、往々にして経理や総務、人事、法務の業務のひとつとして組み込まれていることが多いことと思います。そのため私の記事でも、これらの業務を個別の部門/部署のような分け方をするのではなく、経理や総務、人事、法務などの分野に関連・境界線部分の業務として遂行することを前提に説明していきたいと思います。そのように説明することで、管理系部門・バックオフィスの効率化(*合理化ではありません)を図りつつ、いわゆる「頭でっかちな管理系部門にならない方法」についても記事にしていこうと考えております。




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