見出し画像

「聴くと、聞こえる」という現象をプロダクト化した話

耳を澄まして周りの音を聞く、という行為を日常的に行う人はそれほど多くないと思います。五感の中でも聴覚、耳という器官は基本的には24時間365日、開いている状態のため、あまり意識せずに「漠然と聞いている」時間がほとんどなのではないかと思います。

なにか特定の音を聞き取りたいとき、騒がしい場所で隣の人と話すとき、若い人であれ高齢の方であれ、僕らは耳に手をあてて耳の周りを覆う仕草をします。そうするとどうなるか、よくご存知のとおりだと思いますが、囲った手のひらが音を反響して集音されるから、あるいは左右や後ろからのノイズを防いで目の前の音にフォーカスできるから、そういった理由で「聴きたい音が、よく聞こえる」ようになります。

音楽グッズとしての在り方を考えてみる

「聴くと、聞こえる」。その状態を、手以外のウェアラブルのアイテムで再現できないか。音を楽しみたいシチュエーションや、日常的にそういうものがあったら便利だし、きっと喜ばれるんじゃないか。そう思って始めたプロジェクトがこの『PlayEar』(プレイイヤー)です。音楽フェスやライブ会場では、グッズとしてTシャツやキャップなどのアパレルアイテムは数多くあふれていますが、そこで聞こえてくる「音楽」や「歌声」について、その音楽体験を変化させるグッズはほとんど存在しないと思います。あるとすると、大音量から耳を守る目的で最近販売されることが増えた「イヤーマフ」や「耳栓」くらいでしょうか。

だいぶ昔、僕が2003年に初めて行ったイギリスのグラストンベリーフェスティバルで、圧倒的な音楽体験に心を動かされたことがあります。メインステージで歌うトム・ヨークの歌声やRadioheadの音楽だけでなく、四方八方から聞こえてくる地鳴りのようなお客さんの歓声や大合唱。会場全体があらゆる音に囲まれ、音の波が自分の体を通過していくようなものすごい感覚を味わうことがありました。ライブでのリアルな体験が重要だと言われる時代に、フェスやライブ会場に足を運ぶお客さんにとっては、やはりアーティストの「歌声」や「音響」を一番楽しみにしているはずです。その会場で、もしお客さん側から「音質」にアプローチできるアイテムやグッズがあれば、きっとそれは音楽体験の感動の質にも影響してくるのではないでしょうか。

プロトタイプを作ってみた

そういった音楽体験を変えるグッズとは一体どういうものか? 制作会社のプロデューサーとして、音楽アーティストのCDジャケットやPV、Webサイトや配信イベントなどを制作したことはあっても、リアルな「モノ」を一から作ったことはなかったので、まずは耳の周りを手で覆った形状を元に3Dのデザインを起こしてもらい、そのデータを3Dプリンターで出力をしてモックを作ってみました。イベントで友人やその場のお客さんにテストをしてもらい、ビジュアルやムービーを作って周囲の人たちにコンセプトを伝えていきました。機能を損なわない構造や素材について議論し、ライブでの携帯性やユーザー体験も損なわないものの形状を探りました。縁あって金型に知見のある方と知り合って一気に形のイメージがまとまり、こういうものがあったらいいんじゃないか、というものを作ることができました。

画像2

画像4

「一枚のプラスチック製のシートを折り曲げ、凹凸で止めることで、耳に装着するアクセサリーになる」という形状で、フラッターエコーと呼ばれる反響音が発生しないように平行な面を持たない多面体構造になっています。耳当たりが痛くないように軽くて縁に丸みもつけていて、落ちてもなくならないように紐を通す穴もあいているので携帯性があって持ち運びが可能。これならフェスの会場やライブハウスでも取り外しがしやすく、自分が音に集中したいときだけ装着することができます。(よく目立つので「映え」はします、、、!)

骨伝導など最新の技術を使った開放型のイヤフォンなどとは用途が競合せず、補聴器とも違って心理的にもコスト的にも手軽に、電気を使わずにあくまでアコースティックな形で、「今、ここにある音を聞く体験」を変化させることができるもの。イメージとしては昔、映画館で配布された3Dメガネのようなカジュアルな形でそういうものが作れないかと考えた結果、ひとまず出来上がったのはこういうものになりました。

効果と課題と、作ってみた目的

「PlayEar」を付けたときの効果として、無響室を使ったいくつかの実験や街頭リサーチでは、主に人の声にあたる帯域(500〜2kHzくらい)でそれなりに聞こえ方に違いが出る結果となりました。ただ「集音効果」はあっても「集音装置」とまではいかないので、普段「100」聞こえるものが、これを付けることで「200」になるわけではありません。体感には年齢や体質を含めた個人差だったり環境要因もありますが、手で覆ったときが「120」くらいだとすると、頑張って「110〜115」くらいのものかもしれません。聞こえ方が変わってよく聞こえる!という人もいましたし、ほとんど変わらなかった、という方も少なからずいました。

アンプのように音を増幅したり、技術的に周りの音を大きくするわけではなく「周囲の音の中から、ある特定の音が聞こえやすくなる」という表現が近いと思います。どちらかというとカクテルパーティー効果のようなもので「耳を澄まして聴いてみよう」という心理的なスイッチが入りやすくなるのかもしれません。今年のりんご音楽祭で「YAKUSHIMA TREASURE」のライブのときに付けて聴いたらコムアイさんの歌声が130くらいに聞こえる瞬間があって感動しました。女性の高音のヴォーカルとは相性が良い気がします。

しかし、これはまだ思い描く理想の形の100%ではありません。機能的にもデザイン的にも改善の余地が大きいと思っています。もっと形状や素材などを追求していけばより精度が上がるかもしれませんが、時間もコストもかかるので、一段落したタイミングでアナウンスしていくことにしました。ライブグッズなのか、アクセサリーなのか、個人的なアートプロダクトなのか。そういった区別をあまり深く考えずに、まずは自分が関わってきた音楽・エンタメの領域で、見たことがないものを作りたいと思いました。

プロダクトアウトとかマーケットインとかそういう発想でもなく、マーケットに何か課題があってそれを解決するような類いのプロダクトでもありません。とにかく「自分があったらいいなと思って」いて、「世の中にあまり見かけないもの」を作ってみる。そこにどういった反応が出てくるのか、どのように受け入れられるのか、問いかけをするような気持ちでもあります。

画像6

画像7

この先のビジョン、プロジェクト構想

現状「PlayEar」としてはこのアクセサリータイプのもの以外に、CDのような形状の紙製タイプ、LEDが内蔵されていて動きに応じて発光するヘッドバンドタイプのものを作っています。(なので「PlayEar」は単一の商品名ではなく、「聴覚体験を取り巻く様々なアイテムを開発するプロジェクト」の総称です。)

身体に装着するデバイスであるなら当然IoTを絡めた取り組みもやってみたいことのひとつです。「耳から心拍を測り、興奮度に応じてLEDが発光する」「汗から体液組成を感知し、脱水状態やストレス度合いをアラームで知らせる」「脳の集中具合によって、周囲の音に最適なエフェクトを掛けて心地よく過ごせるようにする」など、音楽以外のシチュエーションでも使えるようなウェアラブルデバイスとしての開発もやってみたいという思いも強くなりました。

「今は聞こえない音を聞こえるようにする」タイプの聴覚拡張として、例えば「人が聞こえない動物や虫の鳴き声」だったり、「過去にその空間に存在した会話」だったり、「水中や上空など遠く離れた場所から流れてくる音」だったり、そういったものが将来的に耳+αでキャッチできたら面白そうだなあ、と思います。これはまだ僕らが出会っていない技術やパートナーの力が必要ではありますが、耳という入力デバイスの拡張という意味ではもっといろんなことができそうな気がしています。視覚に関してはメガネやVRゴーグルなど拡張するアイテムがたくさんあるので、聴覚にも補聴器以外の「耳にかけるメガネ」的なものがもっとあったらいいな、という思いもあります。

画像5

画像6

「リアルなものづくり」を体験して思ったこと

このアイディアを漠然と思いついてから、約2年半くらい経ちました。はじめはイラストを紙で切り貼りしたり、3Dプリンターのモックを片手に周りの友人にコンセプトを伝えていきました。そこまでは順調でしたが、その先のPoC(コンセプト検証)や量産化を見据えた製作フェーズでだいぶ時間がかかりました。慣れない「リアルなものづくり」で試行錯誤する日々でしたし、方向性が定まらずに遠回りもしました。わかりにくいことをやっている自覚もあるので、どういう形で着地するのかが見えにくい日々でした。

それでも、この企画を動かしていくことでまず手伝ってくれる人が現れたり賛同してくれる会社が出てきてくれて、念願だったSXSWにも行けて、音楽フェスの会場では見ず知らずのお客さんたちと音や音楽についての会話が生まれて新たな気付きや知見を得たりしました。他愛のないモノではあっても「何かを生産、創造する」ことの楽しみを大いに感じました。こういうものがあることで、周りの「音」や「音楽」に対するアプローチや見え方が変わるきっかけになったり、新しいユーザー体験の入口のようなものが少しでも開けたらいいなと思っています。

画像7

多くの人に感謝

この企画に賛同し、EXPERIENCE LABという形で開発資金や体制を整えてくれたHYGE INTERFACEの蒲澤さんと長尾くん。原型モデルの3Dデザインを作ってくれた勝目さん。構想段階からアドバイスをくれた三上さん、貴継くん、奥谷くん。一番はじめにブレストに参加してくれた西條くんと拓郎くん。企画を面白がってくれて法務面のサポートをしてくれた弁護士の水野さん。SXSWでの出会いから様々な協力をしてくれているKonelの出村さん、ケンジくん。撮影や編集を手伝ってくれた関さん、脇田くん、上田くん、橋本くん、加藤くん、ヒラクくん。様々なビジュアルをデザインしてくれる樋口さん、PRをサポートしてくれる石原さん。プロダクト製作を助けてくれた船田さん、石田さん、柳澤さん、小宮山さん。そして、高い技術と知識を備えた金型職人の室島さん。ふくりゅうさん、うっとりさん、齋藤くんをはじめとする音楽業界の友人の皆さん。様々な場所で快くモデルをしてくれた多くの方々、アーティストやクリエイターの方たち、ボランティアをしてくれた学生さんなど、書ききれないくらいたくさんの人たちの協力や関心、温かいリアクションやコメントがなければ形になりませんでした。

長々と書きましたが、音楽体験や身体拡張についてのある種の「問いかけ」として、こういうプロダクトをリリースしてみようと思います。ちょうど今週末の10月19日と20日に多摩センターで開催される『NEWTOWN』のイベントで「PlayEar」の試作品を配布します。もし興味を持ってくれた方はぜひ、この楽しいイベントに参加するついでに、会場で受け取って試してみてください。まだ市場にないものだからこそ、いろいろなアイディアや発展の仕方があると思っています。いくつかのフェスやアーティストさんとのコラボの相談もしているところですが、もし何か興味を持ってくださった方や企業の方などいましたら、ぜひお気軽にご連絡ください。どうぞよろしくお願いいたします!!

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?