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旭山動物園から考える組織変革について

(今回は大学院のレポートを再編したものです)
(あとタイトルの写真は天王寺動物園ですw)

はじめに

今回は、企業変革や組織変革がテーマです。
旭山動物園で行われた数々の改革について検討してみます。

日本の最北端に位置し、雪に閉ざされ交通の便も決して良くない不利な環境の中、入場者数では一時期上野動物園を上回り、名実ともに日本一の動物園となった旭山動物園の変革を、著者で園長でもある小菅氏のリーダーシップやマネジメントなども含めて俯瞰して検討してみたいと思います。

まず初めに、小菅氏がこだわった「動物らしさ」という言葉。
ありのままの価値について、またスタッフ個人個人の力を引き出すマネジメント姿勢について触れます。
あわせて変革につきもののコンフリクトなどの困難な状況に対してビジョンを描き向き合った小菅氏のリーダーシップについてや、後半は知の探索と知の深化理論にも少し触れ、旭山動物園の組織変革から見える多様性の価値について考えます。

今回読んだ本はこちらです↓


旭山動物園と著者

あらためて旭山動物園の概要です。
北海道旭川市にある日本最北端の動物園で、1947年に開園。過去の入園者数の推移は1983年の年間59万人をピークに下降線となり、1996年には最低の26万人にまでおちこみ閉園の危機に瀕したこともあったそうです。しかし著者でもあり園長の小菅氏を中心に数々の改革を行い、2004年には年間145万人もの来園者を記録しました。

著者である小菅正夫氏は1948年に札幌市で生まれ、北大獣医学部を卒業後、獣医師として旭山動物園に就職。95年に園長に就任するがその翌年に過去最低の入園者数を記録。その後、数々の変革によりメディア等にも大きく取り上げられるV字回復を遂げることとなります。

小菅氏は自分自身を振り返り「とにかく自分で興味を持てること、自分の打ち込めることだけをやってきた」と述べています。今回のキーワードの一つですが、「その人らしく一番力を発揮できる状況」を、著者自身も実践しおられます。


強みに着目した資源活用、人材活用

旭山動物園の変革の原動力。
それは物事の「ストレングス」に着目し生かしている点かなと思いました。
本文中の表現でも

“動物も人間も、「自分らしさ」を発揮できる環境はなにものにも替え難いということ”
とあって。

展示する動物も「動物らしく」、関わる飼育員(人材)も「その人らしく」。

メディア等でもたくさん取り上げられていた、旭山動物園の特徴的な展示方法。
動物の生態を生かした展示方法です。

一つ例をあげると、アザラシが円柱型の水槽の中を通り抜けながら泳ぐ姿を見ることができる展示方法があります。
この展示方法を実現している背景として、アザラシの習性や強みがあります。
アザラシにとって水槽の向こう側にいる人間は興味関心の対象らしく、ほっておいても近づいてくるらしいですね。
あと元々の自然の習性で餌を追いかけるのに岩礁を猛スピードで駆け巡っているらしく。それらの「アザラシらしさ」を消すことなく発揮できる水槽の形だったというわけです。

また飼育員に対しても、スタッフ一人一人の「その人らしさ」を大切にして接しておられるようでした。
園長として「目標と対策だけ言って、あとは自分がいいと思ったことをやってくれ」という姿勢で接していて。
飼育員一人一人がそれぞれの持ち味を出して働く方が、園長が細かく口出ししてマイクロマネジメントをするより意義があると。
確かに細かく指示を出しすぎると逆に答えを探して自己規制してしまう恐れがりますもんね。

その他にも本文中には違いを大切にするダイバシティマネジメントの考え方にも触れておられました。
スタッフ一人一人の能力に差があることは当然で、それぞれが力を生かせる場所があるはず、という考え方で組織作りをしていました。
そういった園長の姿勢が組織変革につながる原動力になっているのではないかと感じました。


変革とコンフリクト

組織改革のプロセスにおいてかならず現れるのがコンフリクトです。

変化することより現状を維持しようという力は働くもので、人間も組織も変革を恐れることが多いですよね。旭山動物園の変革のプロセスでも、園長の小菅さんは向き合ってきておられました

たとえば飼育員。ワンポイントガイドをすることを嫌がるというエピソードに対して、新しいことにチャレンジすることや変化することに対する不安に一定の共感を示ししつつ、しっかり話し合って納得してもらうというリーダーとしての向き合い方をしていました。

また、変化に対するコンフリクトを少なくする工夫として、変化のきっかけをチームメンバーのアイデアからスタートしていました。
ポップ作成とか、スタッフから出てきたアイデアを実践して、それに対してのお客さんからの良い評価がもらえた点に注目して周知して。
リーダーが決めて結果を出すのではなく、スタッフが実践して成果に繋がったという点を強調しておられるようでした。
みんなで変革していくという雰囲気作りは大切ですよね。

「世界一の動物園」をみんなで語り合う機会を設け、リーダーだけで未来を描くのではなく、共に作り上げている機会を設定している点も、一時的に出てくるコンフリクトを超えた先の未来を共に共有する機会となり、共に変化を乗り越えていこうという雰囲気作りに繋がっているのかなと思いました。


リーダーシップ

組織変革において、リーダーの存在はとても大きく、影響力があります。

リーダーシップを発揮し組織をけん引していくわけですが、それは

①組織を構成する一人一人の力を最大限に引き出す
②関係するステークホルダーが共感できる共通のビジョンを描き指し示す

かなと個人的には考えていて、園長の小菅さんはそれを実践していきます。

先述している「世界一の動物園」のスケッチなどをチームで作成するプロセスでも、できない不安感より、実現可能性を模索する姿勢を大切にしておられました。

また組織内だけでなく、市長をはじめとした行政関係との連携、議員との関係、動物園の設計に関して建築家やデザイナーとの関係、学者といった外部の人間との連携もとりつつ、組織内外のステークホルダーとの信頼関係を構築することも大切にコミュニケーションをとっていました。

また変革の意思決定でもリーダーシップを発揮しています。
展示内容で、一般的にタブー視され避けられる傾向にある「死」や「障害」についても避けずに向き合ったりしています。

そういう現実をありのままに直視する機会を提供するというのは、批判がつきものであり、また誤解されて伝わってしまうリスクもあるわけですが。
しかしそのリスクをとっても伝えたいメッセージも持っており、信念を持って伝えようと取り組むのもリーダーとしての確固とした姿勢が表れているのかなと感じました。


知の探索と知の深化

さて、ここでちょっと別の理論にふれましょう。

1995年にジェームスマーチによって提唱された知の探索と知の深化理論です。
イノベーションを語る上で非常に重要視されていて、早稲田大学の入山先生は著書の中で

人・組織が新しい知を生み出すために必要なことは、「自分の現在の知の範囲外にある知を探索し、それを今自分の持っている知と新しく組み合わせること」が知の探索である

と述べています。

しかしそれだけではビジネスにならず、

実際に見つけた新しい知を深掘りし、活用して磨きこみ、収益化していく必要性述べています。知の深化ですね。

こういったことを両利きの経営と表現しているわけです。

振り返って小菅さんが実施してきた旭山動物園での数々の変革も、この知の探索と知の深化理論をヒントに考察できるんじゃないかなと思ったわけです。


考察

本書の中で著者の園長小菅さんは、ありのままの価値を最大限活用して変革に取り組んできています。

動物らしさを、スタッフ一人一人の個性を重視する点など、その多様な人材(や動物)を有効活用することで価値を最大化してきています。

またこれまでの枠組みや常識にとらわれない展示手法や、死に対して向き合うといったタブー視される点に取り組んできたことなど、既存の枠の外側のものも取り入れつつ、変化を作ってきている点なども興味深かったです。

これらはある意味、「知の探索」に類するものかなと思って、旭山動物園に新たな多様性をもたらし変革していく一つのきっかけになっているのではないかと感じました。もちろんそこには、外部からのアイデアを深めていくだけの、内外のステークホルダーとの連携関係、小菅さん本人やスタッフ飼育員の専門性などが相まって、知の深化を進めていく素地もあっての改革だったんだろうなと。

そして、そんな「知の深化と知の探索」を進めていく、小菅さんの勇気あるリーダーシップとチームマネジメントが、さまざまなイノベーションを生み出し変革につながったのではないでしょうか。


おわりに

本書の「あとがき」のなかで、小菅さんが述べていることですが、

「動物も人間もやりたいことができなければ幸せでない。だから、それぞれの動物のいちばんかっこいいところは、彼らがやりたいことをやっている瞬間である」と

旭山動物園の変革の端々に、その小菅さんの思考が垣間見れると思いました。

自分自身も、そして動物だってスタッフだって、一番やりたいことをする、そんな生き方が変革の最大の背景要因だったのでしょうね。


参考文献
小菅正夫著『<旭山動物園>革命』角川書店
入山章栄著『世界標準の経営理論』ダイヤモンド社


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