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C100新刊/SF作家デレマス合同第7弾「シンデレラガールズトリビュート7」試し読み

C100にて頒布を予定していた新刊「シンデレラガールズトリビュート7」はBOOTH「中央総武線最寄りP」ショップにて通販予約受付中です。以下のリンク寄りぜひお買い求めください。

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それでは新刊「シンデレラガールズトリビュート7」の収録3作品の試し読みをお楽しみください。

中央総武線最寄りP

「釜鳴りて神選ぶ」柴田勝家

 私には悩み事が三つある。
 まず一つ目は背が高いことだ。小学校の頃から背の順で並べばいつも後ろだったけど、中学に上がっても風景が変わることはなかった。朝礼で校長先生の顔を見るときは、同級生みんなの後頭部越し。
 短く息を吐いて足を前へ。自分の白い太ももが視界に入る。
 人よりも大きな一歩分。役には立ってくれてる。陸上部では一年生ながら、一〇〇ハードルで県大会にも出ることができたし、良い思い出だ。それから小学校時代だって、この身長のおかげでジュニアモデルができた。大阪や東京まで行って、スタジオなんかに入って、プロの人に写真を撮ってもらえた。これも良い思い出。
 短く息を吸って地面を蹴る。次の一歩。
 でも、でもだよ。
 私はもっと可愛い自分でいたい。中学だって制服の可愛い私立を頑張って受験した。それなのに「悠貴(ゆうき)は陸上やってる時のユニフォームの方が似合ってるね」だって。クラスメイトの悪気もない一言だけど、本当はスカートで風を受けてる方が好き。あとジュニアモデルの時も似たようなことを言われたっけ。
「乙倉(おとくら)さんはカッコいい系のファッションが良いですね」
 カメラマンさんはそんなことを言ってくれた。一緒に撮影してた、お人形さんみたいな子も微笑んでた。本当は私もその子と同じ服を着たかったけど、そんなワガママは言えなかった。
 わかってる。きっと私に「可愛い」は似合わない。どんどん背も伸びるし、これから大人に近づくにつれて。もっともっと「可愛い」からは離れていくんだろう。
 顔を前へ。夕焼けが目に染みる。これで六時だから、夏になって日も長くなってきたみたいだ。
 土手を走る人は私以外には誰もいない。穏やかな小田川(おだがわ)は黒ずんでいて、鉄橋は影になって浮かんでいる。
「なんで」
 そこで思わず声が出てしまう。ひと呼吸だけ乱れたけど、すぐさま飲み込んで、走ることに集中する。じわりと汗が首筋を伝わる。
 続きの言葉は「私なんだろう」だ。
 これが二つ目の悩み事。最近になって、なんで私なんだろう、って思うことが増えてしまった。
 この間の選抜競技会。私が出る代わりに出場できなくなった三年の先輩がいた。私は部に入ったばっかなのに、小学校時代の一〇〇メートル走のタイムが良かったからって選ばれてしまった。先輩は泣いてた。ずっと頑張ってきたのに、ほんの少し私の方が早かっただけで――。
 あと、ほんの数ヶ月前、小学校を卒業した直後に同じクラスだった男子に告白された。私の友達が好きな相手。友達の方が、私よりもずっと可愛いのに、選ばれたのは私だった。
 強く、地面を蹴って前へ。夕暮れを振り切って、夜に追いつかれないように。
 もちろん誰かに選ばれることは嬉しい。認めてもらえたと思う。でも、それは私がなりたい自分とは違う姿のときが多い。足が早くて、背が高くて、ぜんぜん女の子っぽくない私ばかり好かれてしまう。
 だから、ごめんなさい、って答えることも多い。
 どれだけなりたいと思ってもなれない人もいるのに、私は突っ立っているだけで、そんな人たちの居場所を奪ってしまうのだ。せめて小さく縮こまっていられればな。
 私は唾を飲み込んで、ほんの少しだけ走るペースを落とした。でも、それが良くなかったらしい。
 ボォ、ボォ。
 まただ。
 ボォ、ボォ。
 そして三つ目の悩み事。
「来ないでよ」
 振り返ることなんてできない。不気味な声が背後から近づいてくる。今日は聞こえないと思ってたのに、少し走るのを遅くしただけで姿を――というか音を現した。
 ボォ、ボォ、ボォ。
 牛の鳴き声みたいなそれが、じわじわと迫ってくる。逃げたい一心で私は駆け足を早める。熱かった汗が、ぬるくてジメジメした、粘り気のあるものに変わっていく。
 ボォ、ボォ。
 別に場所が悪いわけじゃない。どこにいたって聞こえてくる。街中でも部活のときもあった。友達との下校中に聞こえてきて、一人だけ走って帰ったこともある。
 ボォ、ボォ、ボォ。
 それに音の正体だって知っている。これは〝鳴(な)り釜(かま)〟だ。昔、お祖父ちゃんに教えてもらったことがある。
 ――悪いことしよると、ちょおてぇ〝鳴り釜〟が鳴るんじゃ。
 そう言ってお祖父ちゃんは、薄暗い蔵の中で奇妙な鉄の塊を見せてくれた。幼かった私に対して、悪いことをすると、この釜が牛みたいに鳴くのだと教えてくれた。だから良い子でいなさい、って。
 ボォ、ボォ。
 でも、どうして。私は何か悪いことをしちゃったのかな。
「来ないでっ!」
 私は今日も、その鳴き声が聞こえなくなるまで走り続けた。

 私が住んでるのは岡山市内だけど、お祖父ちゃんの家は県の西側、広島寄りにある。その辺りは同じ県内でも、昔は備後国(びんごのくに)っていう名前で別の地域だった、って社会科の授業で習ったかな。でも、すぐ近くだから、両親の帰りが遅い日なんかは一人で泊まりに行くこともよくあった。
 お祖父ちゃん家の近所は畑ばかりで、でも空気が澄んでて、雨上がりには土と風の匂いがするところ。名物はそんなに無いけれど、川と山も綺麗で、あと私がよくジョギングに行く土手は桜並木が有名で、春になれば舞い散る花びらの中を走ることだってできる。
 それで、あとは――お祖父ちゃんの家はすごい古い家らしい。
 小学校の頃は気にしてなかったけど、お祖父ちゃんの家には江戸時代に建てられた蔵があって、資料館で見るような道具が並んでる。子供の頃、かくれんぼに使って怒られたっけ。
「先に神社行っちょるけぇ、悠貴も後で来んしゃあ」
 玄関からそんな声が聞こえた気がした。
「あ、はーいっ」
 だから、お祖父ちゃんは地元のお祭りなんかの準備を手伝ってたし、私もそれに参加することが多い。今日もそうしたお祭りがあって、これから近所の神社に行くところ。
 それで、今回のお祭りは楽しみなことが二つある。
「はい、悠貴ちゃん。できたよ」
「ありがとう、お祖母ちゃんっ!」
 鏡の前で振り返る。着付けてもらった浴衣の柄はピンクの朝顔、黄色い帯もリボンみたいに可愛くしてもらった。小学校の頃に着ていたものは身丈が合わなくなったから、こうして新調してもらえたのが嬉しい。変に思われないか心配だけど、それ以上にこの可愛い浴衣をみんなに見てもらいたいって思った。
「良かったね、それで……ライブだっけ、その時間は大丈夫?」
「あ、そうだった。ちゃんと確認しとかないと」
 新しい浴衣ともう一つ、今回のお祭りで楽しみなこと。
「依田芳乃(よりたよしの)】ちゃんのライブは三時からだから……、うん、まだ大丈夫っ!」
 確認を終えて、スマホを帯の間にはさむ。開いていたウェブページには『依田芳乃・祭事ライブ予定』の項目。信じられないけど、私の地元にアイドルがやってくるのだ。
 正直、このライブを知るまでは依田芳乃ちゃんのことも知らなかった。彼女はどうやら東京でアイドル活動をする一方、地方のお祭りなんかとコラボでライブをすることが多いらしい。そのおかげで、私の地元にも来てくれるのだ。
「楽しみだなぁ」
 依田芳乃ちゃんは、東京のテレビにも出ているアイドルだ。もう可愛さそのものと言ってもいい。昨日の夜だって写真や動画を何度も見返してた。それだけでワクワクしているのに、これでホンモノを見られたら……。
 うん、と気合を入れて前を向く。
「じゃ、行ってきますっ!」
 玄関で下駄を履いて一歩。いつものクセで足を広げそうになったけど、今は浴衣姿、もっとおしとやかに。

 お祖父ちゃんの家の近くに、吉備津(きびつ)神社っていう名前の神社がある。同じ名前の神社が岡山市内にもあるから、こっちはその分社、ってやつなのかな。
「むぅ?」
 そんな神社に入るところ、赤い鳥居には大きな縄で作られた輪っかがあって、私は一人、その前で悩んでいる。
 チラ、と奥を見る。参道の横に神楽殿(かぐらでん)があって、今もライブの準備が行われている。境内には参拝客の人も多くて、それ以外に芳乃ちゃんに会いに来たファンの人たちの姿もある。
「むぅ……」
 だから悩んでしまう。この大きな輪っかは何のためにあるんだろう、って。普通に通っていいのかな。
「いっか」
 えい、と一歩。意を決して輪っかをまたぐ。それで、そのまま参道を進もうとしたら――。
「待った」
 って、背後から声をかけられた。
「茅(ち)の輪(わ)くぐりだ。もう三回ほど回る必要があるよ」
 声をかけてきた人は、もう夏だというのに黒いスーツ姿で、スラッとした長身と、肩までかかる黒髪が印象的な男性だった。不機嫌そうに眉間にシワを寄せてるから、何か怒らせてしまったのかと思った。
「知らないならやってみせるから、同じようにやってみるといい」
 そう言うと、その男の人は一礼し、ひょい、っと輪っかをまたいだ。それから不思議な言葉を呟きながら、鳥居の脇を回って再び元の場所へ。
「今日は六月三十日、一年の半分で夏越(なごし)の祓(はらえ)をする日だ」
 その人は私に話しかけつつ、同じように一礼して、輪っかをまたぎ、今度は前と逆の方向から鳥居を巡って元の位置。それから今度も同じことを繰り返す。輪っかを中心に8の字で巡る。これが作法らしい。
「茅の輪くぐりは無病息災を願い、そこを通る者の穢れを祓って清める力を持つんだ」
「はぁ、そうなんですね」
 私は頷いたけど、不意に男の人が申し訳なさそうに笑った。どうやら眉間のシワはただの表情のクセみたいだった。
「すまない、いきなり話しかけられても困るだろう」
 それに私は首を振る。ちょっと知らない単語が多くて考えてしまったのと、怒られたのではと不安に思ったからだ。
「あ、いえ、私もやってみますっ!」
 私は男の人を真似てみることにした。輪っかを前に一礼して、左に回って元の位置。それから――。
「あれっ、そういえば、何か言ってませんでした?」
「ああ、唱え言葉だ。蘇民将来(そみんしょうらい)と言いながら回るんだ」
 そみんしょうらい、と聞いたままの言葉を繰り返す。きっと漢字で書くのだと思うけど、どういう意味なのかはわからない。
「蘇民将来というのは、備後国風土記(ふどき)という古い書物に登場する、ちょうどこの地域にいたとされる伝説上の人物の名前だ」
 こちらの疑問を感じ取ったのか、男の人は謎の「そみんしょうらい」について解説してくれた。人の名前というには不思議なニュアンスだけど。
「その昔、ある旅人が村に辿り着いた。そこで巨旦将来(こたんしょうらい)という人物に家に泊めてくれるよう頼んだが、彼は裕福な家に住みながらもそれを冷たく断った。一方、巨旦将来の兄である蘇民将来は、家は貧しかったが旅人を厚くもてなした」
 私は話を聞きながら、もう一度輪っかをくぐっていく。男の人の話し方は歴史の先生みたいで、なんだか勉強している気分になってくる。
「その後、旅人は泊めてくれた礼として茅の輪、つまりカヤという植物で作った輪を蘇民将来と、その娘に与えた。そこで旅人は、自分が疫病を司る神であると正体を明かした。神は疫病を撒き散らし、村に住む人間を全て皆殺しにしてしまった。ただし、茅の輪をつけた者だけは自分に優しくした蘇民将来の一族ということで命を助けた」
 うう、と思わず一歩に詰まってしまう。途中までは昔話だと思って聞いていたけど、どうやら怖いタイプの話だったらしい。
「これが茅の輪くぐりの由来だよ。蘇民将来と唱えながら茅の輪を通ることで、疫病の害から逃れようという信仰だ」
 話は怖かったけど、これで健康になれるということらしい。それは素直に嬉しいので、教えてもらえたことに感謝だ。
「ありがとうございます、勉強になりました」
「別に大した話はしてないよ」
 そう言うと、男の人は再び眉間にシワを寄せていた。もしかしたら、照れるとそういう感じになるのかな。
「ふふっ、でも本当に勉強になったんですよ。教えるのがお上手なんですね、もしかしてどこかの学校の先生ですか?」
「ああ、いや……」
 と、今度は困ったように男の人が唇を曲げた。
「仕事は一応、アイドルのプロデューサーをしている」
 ほへ、と変な声が出てしまった。
「プロデューサー、さん?」
 脳が混乱し始めたところで、カコカコと背後から下駄の音が近づいてくる。やがて音の主は私のすぐ横を通り過ぎ、男の人の腹部に頭から激突した。
「うぐっ!」
「ねーねー、そなたー」
 小さな影が、少しだけ背伸びをしながら男の人のスーツを引っ張っている。
 織り糸みたいに細くて長い榛(はしばみ)色の髪。今まで見てきた、どんな子の後頭部よりも可愛らしくて。力を込める指先が、ほんのりと桃色になるのも見えるくらいに肌が白くて。巫女さんみたいな服だけど、赤いフリルと肩出しのライブ衣装だとすぐにわかって。
「あっ!」
 私が上げた驚きの声に彼女が振り返る。見間違えるわけもない。昨日の夜からずっと写真や動画で見てきた相手だ。
「はてー?」
 小さな宝石みたいな目に私が映っている。急に恥ずかしくなってしまう。
「離れてくれ、芳乃君。自己紹介の途中だ」
 男の人が眉間にシワを寄せたまま、腰辺りに張り付いている彼女を引き離した。
「今回、この神社でライブをさせてもらうよ」
 そう言って、男の人はスーツの内ポケットから銀色のケースを取り出し、一枚の名刺を私の方へ差し出してくる。
「稗田礼二郎(ひえだれいじろう)、依田芳乃の担当だ」

「輿水幸子の出産」伏見完

 引退した元アイドルの輿水幸子が、郷里の山梨で出産し、シングルマザーになった。そんな話を、深夜のラーメン屋で聞いた。
「なんだおまえ、そんなにびっくりして。実はアイドルオタクだったのか」
「え?」
「たばこ。落ちたぞ」
 編集長に言われて、ふと下を向くと、口にくわえていたはずのアメスピがいつの間にか、飲み残した醤油豚骨スープの上に浮いている。
「別にそんなんじゃないですよ」
 と、おれは答えた。実際、アイドルと呼ばれる人種にさほど興味はない。毎週欠かさず買っている漫画雑誌のグラビアページに出ていれば、顔と胸くらいは見ているはずだが、名前までは覚えないだろう。でも、輿水幸子だけは特別だった。
 おれは吸い殻を箸で拾って、灰皿に移し、それから尋ねた。
「そんなニュース、雑誌に出てたんですか」
「バカ、これから出すんだよ」編集長は丸めた校正ゲラでおれの肩を小突く。「どうせ暇だろ。甲府まで行ってきてくれないか」
「甲府にいるんですか、輿水幸子が」
「そりゃわからん」
 いつものことだが、この人の話はあっちこっち飛びすぎてよくわからない。辛抱強く聞き出すと次のとおりだった。
 数日前、編集部のメールボックスに、そういう内容の情報提供があったらしい。メールは匿名で、普段だったら相手にしないところだが、妙に内容が具体的かつ細かいので気になった。手の空いていた記者が面白半分にメールを返したところ、さらに返信があった。もっと詳しい情報は会って聞け、という。
「ガセに決まってるでしょう」おれは言った。「金と時間の無駄です」
「まあまあ、そう言わず、試しに行ってみてくれよ。経費は編集部につけちゃっていいから」
 その態度を見て、おれは訝しんだ。いつもだったら、こんな気前のいいことは、口が裂けても言うはずがない。いつだったか「ぱちんこウサミン伝説EX」のレビュー記事を書かされたときは、自腹で三時間も打たされ、原稿料から軍資金を引いたら赤字という有様だった。それがここへ来て急に高待遇だ。
「どうせ何かまた裏があるんですよね?」
「いや、ない」
 すっとぼけやがって。
 とはいえ、経費使い放題の甲府旅行は魅力的だった。どうせ他の仕事も抱えていない。行くだけ行って、ガセネタならそう報告すればいいだけの話だし、もし二、三でも使えそうなネタがあったら、膨らませて記事にすればいい。
 結局おれは、わかりました、と答えた。
「本当になんでも経費にしていいんですね?」
「ああ、いいぞ。その代わり」
「その代わり?」
「情報提供者の顔だけは見てこい。できれば写真も撮れ。代理人が来たら、本人が来るまで粘れ。それができなきゃ、使った分の経費は返してもらう」
 やっぱり、そんなことだろうと思った。しかし見るだけでいいなら、たいして難しい注文とも思われない。どうせ会うことになるのだ。おれは黙ってうなずいた。
 ラーメン屋の前で、会社に戻るという編集長と別れ、おれは風呂なし六畳のアパートに戻った。
 家にたどり着き、布団に倒れ込んだおれは、枕元の本棚の隅から、年季の入ったムック本を取り出す。これを手に入れたのは、ざっと十年前。高校を卒業して、自動車整備工場に就職してから、最初の給料で買った。発売からだいぶ経っていたこともあって、妙なプレミアがついていた。おかげでしばらくは食パンの耳で暮らした。
 表紙では、スカートを持ち上げた挑発的なポーズで、幼い少女が笑っている。輿水幸子。これは彼女の、最初で最後の写真集だった。この本の刊行直後、彼女は芸能活動を引退し、マスメディアから姿を消した。その理由は当時も今も明らかにされていない。だから、いろいろな憶測が飛んだ。
 プロデューサーと不純な関係になり、それがばれたのだ、とか。
 同じ事務所に所属する他のアイドルから、執拗ないじめに遭ったのだ、とか。
 バラエティ番組の撮影中、腹を殴られたことが原因で、後遺症の残る怪我を負ったのだ、とか。
 おれは匿名掲示板に入り浸って、すべての書き込みを丹念に読んだ。数百の憶測の中に、本当の理由があったのかなかったのか、それはわからない。特別な原因なんてなかった、ということもありうる。彼女はまだ中学生だった。もともと時期が来ればアイドルをやめるつもりだったのかもしれない。
 写真集のページをぱらぱらとめくる。表紙に使われた写真がもっとも刺激的で、あとは浴衣やドレスだったり、普段着のスナップ写真を模したものだったり、ごく穏当なものばかりだ。
 本を閉じて、元の位置に戻す。横になって天井を眺めながら考えた。輿水幸子が母になる。それは真実なのかガセなのか。真実だったとして、相手はだれなのか。
 徐々にまどろみながら、おれは、いつの間にか自分の母親のことを考えている。

「久川姉妹vs地面師集団」吉上亮

 イーサリアム?
 ユメミリアムなら知っていますが……。
 凪です。
 突然ですが、最近、アイドル引退後のセカンド人生のついて考えています。
 今風に言うとFIREしたあとどうするか? という話です。ご存じでしょうか? ご存じないとは思いますが……アイドルの選手生命はとても短いです。実は。
 長くステージに立ち続けられるアイドルは、星の数ほどいるアイドルのなかでも僅かです。北極星はひとつしかありませんよね。そういうことです。頑張ります! ぶいっ! 今のは島村卯月さんへのリスペクトです。
 つまり、アイドルはアイドルになった瞬間から、アイドルでなくなる瞬間のことを考えずにはいられないわけです。知りませんでしたか? 私も知りませんでした。
 アイドル後の人生、どんな未来があるでしょうか?
 ここでコメントを読み上げたいと思います。まさかプロデューサーと結婚報告!? 寿退職? そんな信じてたのに。凪さん推すの卒業します……。
 ラジオネーム「おもしろくん」さん、赤スパチャどもです。気をつけてくださいね。スパチャは癖になりますから……。
 ははあ、Pと結婚ですか。確かにはーちゃんがそうなったら事ですね。
 はーちゃんとは、はーちゃんのことです。Herちゃんではありません。彼女を指す隠語ではありません。はーちゃんは凪の妹です。双子です。颯といいます。凪のことをなーと呼びます。凪は颯のことをはーちゃんと呼びます。はーちゃんのイメージカラーはミントグリーンです。しかしラムネのような薄青でも構いません。アイドルのカラーはライブの現場でPたちの民主的手続きによる多数決によって段々とひとつの色に収束していきます。ちょっと待ってください。なぜプロデューサーが観客席でサインライトを? それも何万人も? どういうことでしょうか? 凪はただのアイドルなのでよくわかりませんが。
 話が逸れましたね。アイドル引退後の話は今度にしましょう。凪がおススメしているのは物件を買うことです。夢は大きく土地付き一戸建てにしましょう。ローンを組んでも構いませんが、可能なら現金払いで一括か分割がいいと税理士の方が言っていました。お金はつねに流れていくものだからです。芸能業界は一攫千金。言い換えれば浮き沈みが激しいものですから。あと大事なことは土地も一緒に買うことです。どうしてかと言いますと……おっと、少し話を急ぎ過ぎました。こちらの詳細はまた後ほどお伝えするといたしましょう。
 ところで、凪のソロ曲がリリースになったことはご存知ですか? 
『14平米にスーベニア』という曲です。お陰様でサブスクの再生数に応じて配当が回ってきます。感謝です。
 これも346プロダクションのアイドル部門を率いる美城専務の改革の賜物なのだそうです。これまで346プロダクションは規模の大きさから、アイドルがステージで披露した楽曲がリリースされるまで半年から一年のタイムラグが生じ、多くの悲しみを生んできました。しかし、もうそんな心配はありません。美城専務の改革により、発表された楽曲はすぐにリリースされるようになり、さらに346プロダクションサブスクリプションに加入すれば聞き逃しもありません。初月無料でアイドルたちの曲が聞き放題です。
 言い忘れていましたが、この配信は346プロダクションの提供でお送りしている案件動画です。なのでPRを含んでいます。二か月目から月額3460円(税込み)が自動適用になります。クレジットカード決済が便利です。高いですか? そういう方には、月1000円(税込み)からのお得な広告つきプランもご用意されています。
 さて、これからお話しするのは、『14平米にスーベニア』の誕生秘話です。
 結論から言うと大変なことがあり、大変なことになりました。しかしご安心ください。
 凪は今、都内某所の14平米の部屋からみなさんの心に直接語りかけています。築四十年の賃貸物件でインターネットはスマホのテザリングです。つまり、どういうことかわかりますね? すべては丸く収まり、平穏無事な結末を迎えたということです。
 終わりよければすべてよし。あるいは、結果は手段を正当化する。
 それではお話しましょう。つづきが気になる方はnoteの有料記事「久川姉妹vs地面師集団」をご購入ください。いつもみなさん応援ありがとうございます。高評価、チャンネル登録よろしくお願いします。以上、久川姉妹の二つ結びの姉のほう、久川凪でした。

     1

 いえ~~~いえ~~~。
 スタートです。
 あれは346プロダクションの女子寮に住み始めて間もなくことでした。
「大変だよ! なー!」
 ばんっと扉を開けてはーちゃんが血相を変え、部屋に入ってきました。
ちょっと待ってください。少々、字数を使うため、ここから先は、はーちゃんのことを颯と表記することにします。凪は凪ですから一文字ずつでちょうどいいですね。双子ですから。
 ばんっと扉を開けて颯が血相を変え、部屋に入ってきました。よし、ばっちりですね。
「わーお、それは困りましたね……」
 凪は顎に手を当てながら、視線をやや下に向けながら頷きます。灰色の脳細胞を活性化させ、なぜこのような悲劇が彼女の身に起きたのかについて思索を巡らせました。そう、すべての発端になったのは――。
「もう、まだ何も言ってないよー!」
 颯が頬を膨らませ握った両拳をぶんぶん振り回します。そう、彼女の言う通りです。まだ何も話していません。灰色なのは凪の脳細胞ではなく髪の色です。凪と颯は双子なので同じ髪の色をしています。正確には銀髪です。銀灰色(シルバーアッシュ)と書くとカッコイイですね。
「それで何が」
「ゆーこちゃんが大変なの。このままじゃ警察に捕まっちゃうかもしれない!」
 颯がスマホをばっと掲げます。画面にはチャットアプリLINEのトーク内容が映っています。ゆーこちゃんとは、凪と颯のお母さんです。四国の徳島に住んでいます。徳島は私たち双子の生まれ故郷です。久川姉妹は地方から上京してアイドルになりました。ちょっとしたおさらいでした。ぺこり。
「警察とは穏やかではないですね」
 何か犯罪に巻き込まれたのでしょうか。それとも事故? ゆーこちゃんはとってもよいひとですから悪いことをするはずがありません。ましてや警察のご厄介になるような悪事に手を染めるはずがありません。
「ちょっと失礼しますよ、と」
 古のネットマナーに則りつつ、凪はスマホを受け取りトーク内容をつらつらと閲覧します。と、ここで乙倉悠貴ちゃんから新規メッセージの通知がありました。最近、二人は仲がいいです。内容が気になりますか? 気になりますよね。ですが、そちらを覗くような真似はしません。双子といえどプライバシーには配慮しないといけません。時代です。
 さて、颯とゆーこちゃんはよくMINEでやり取りをしています。とっても仲良しです。そういえば凪のほうには連絡が来ていませんね。どうしてでしょう。ここ最近、文字を使わず顔文字縛りで会話していたのがよくなかったのかもしれません。
「……おおよそ事情はつかめました」凪はスマホを返します。「つまり、東京に遊びにきたゆーこちゃんが詐欺グループの協力者にされて警察に捕まりそう、ということですね」
「そういうこと!」
 そういうことで間違いないようです。
「どうしよう。Pちゃんに相談したほうがいいかな?」
「いえ、まずは私たちで何とかしましょう。Pも多忙でしょうし……」
 まだ事の真偽も確かではありません。それに颯が凪に真っ先に相談したということは、このトラブルは身内で片づけたいと思ったからでしょう。
「というわけで、今からゆーこちゃんのところに行きます」
 凪ははーの手を取り部屋から出ていきます。寮でごろごろしているときでも制服を着ていて正解でした。まだ寝巻以外の普段着が手元にないせいですが。
「でもどこにいるのか……、既読もつかなくなってるし」
 颯は安否確認でメッセージを何通も送っていますが、どれも反応がありません。それどころではないということでしょう。
「大丈夫です。居場所なら分かってます」
「分かるの!?」
「分かりますよ。これにはちょっとしたコツがありますが」
 手短に説明します。その方法というのは――

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