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旅情奪回 第30回:能登半島地震に寄せて。

例年になく穏やかで気怠くさえあったお正月気分も、文字通り眼の前で音を立てて崩れ去った。自宅が大きく、長く揺れたと思ったら、テレビの向こうで「津波が来ます。逃げてください」と、悲痛とさえ呼べる尋常ならざるトーンで緊急避難が連呼されていた。
テレビ画面の隅には、普段目にしたことのない真っ赤なアイコンが表示され、新しい年を迎えて間もない北陸の海が静かにその牙を隠していた。

石川県が、四季も美しく、伝統美と食文化に彩られた素晴らしい土地だとはかねがね聞いていた。しかし、なかなかプライベートで足を運ぶチャンスに恵まれなかった。

調べてみると2005年だったようだが、金沢駅前に立派な鼓門(もてなしドーム)が姿を表し、まだ世に登場したばかりのコンデジで写真を撮りまくった記憶がある。

ビジネスでは、大変長いことおつきあいをいただいているクライアントとのお仕事で、小松市に何度も足を運んだ。
とても思い入れの深い縁で、長期にわたる数々の仕事の中で、先方に出張にうかがえば一緒に食事をし、東京に来られたときにはお酒を飲む。人生の先輩方に、肝胆相照らすお付き合いもいただいた。
打ち合わせの途中に自宅から長女が生まれると連絡があって、担当者が「打ち合わせなんかしてる場合じゃないですよ」と慌てて飛行機を手配してくださるなど、終生忘れ得ぬエピソードもある。

山深い工房で、人間国宝と呼ばれる作家に取材をさせていただき、九谷焼の魅力にどっぷりとはまり込んだ。その後も、県外の展覧会のたびに足を運び、いろいろとお話を聞かせていただく機会にも恵まれ大変勉強になった。「書いてもらった原稿で、いままで長年言葉にしたいと思ってきたことを全部まとめていただいた」と感謝のお手紙をいただいたことは、取材を生業にする者にとって何よりの喜びである。

こまつドームでは、とある記念講演の企画とディレクションをしたこともあった。
そういえば、長年仕事を一緒にしてきたフォトグラファーと小松で朝まで飲み明かした、普段あまりお酒を飲まない私にとって数少ない貴重な思い出もあった。

はじめてプライベートで石川県の金沢市を探訪したのは2013年のことで、出張の帰りを週末に合わせて、金沢21世紀美術館、石川県立美術館、ずっと行ってみたいと思っていた鈴木大拙館、大樋焼長佐衛門窯、泉鏡花記念館まで足をのばした。どこも無計画な飛び込みであったが各所で素晴らしい展示があり、21世紀美術館では映像作家のフィオナ・タン、県立美術館では宗達と琳派、鈴木大拙館では民藝絡み、長佐衛門窯では記念展、泉鏡花記念館では鏡花生誕100年とのことで、作家の世界観が滲み出る遺品の公開など、インスピレーションに溢れる小さな旅となったことを覚えている。夜は金沢の海の幸をいただいた。

一生のうちに何度も足を運ぶ場所とは、空や景色、陰翳や風の音、忘れ得ない人たちとの交流など、さまざまな「瞬間」の集積でつなぎとめられている。その紐帯を、非常事態では信じることができなくなってしまう。私はここにいて、思い出ある土地で災害に立ち向かう人々にとってあまりに無力だからである。

あらためまして、能登半島地震の被害に遭われた方々に心よりお見舞い申し上げます。極寒の中、生命や暮らしの危機に見舞われ、あるいはご家族の安否が分からず、不安な思いをされている方々が多数おられると思うと胸が痛みます。
なお、寄付先をお探しの方がおられましたら、石川県とも縁の深いNPO法人ユナイテッドアースをご利用ください。
被災された皆さまが一日も早く元の生活に戻ることができますよう、心よりお祈りいたします。(了)


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