放送大学 財政と現代の経済社会(’19)第13回 公債と日本財政の持続可能性

プライマリーバランスは収支トントンじゃなかったのかーーー!

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放送大学 財政と現代の経済社会(’19)
Public Finance and Modern Economic Society ('19)
主任講師名:諸富 徹(京都大学大学院教授)

- 執筆担当講師名:諸富 徹(京都大学大学院教授)
- 放送担当講師名:諸富 徹(京都大学大学院教授)

概要

- 第2次大戦中、日本政府は戦費調達のため大量の国債を日銀に引き受けさせた。その結果、戦後に激しいインフレが発生した。この反省を踏まえ戦後の財政法では基本的に国債の発行を禁止しているが、以下の例外がある。1. 建設公債 (4条公債、インフラ資産として後の世代に残るため容認)、2. 特例公債 (==赤字公債、1年間の特例公債法をもって経費を賄うために認められる)。また公債は市中消化し日銀に引き受けさせてはならない。

- 日本国債の所有者は多くが銀行であった。2013年の金融緩和以降は日本銀行が最大の保有者となっている。

- 1936年にケインズは著書「雇用、利子および貨幣の一般理論」で不景気の際にGDPを増加させるために財政支出の重要性を主張した。GDPは総需要と総供給が一致するところで決まるが不景気では総需要が下がる。総需要=民間消費+民間投資+政府支出+純輸出と分解したとき政府支出が総需要を下支えできる。

- 図1:ケインズの利子決定理論

画像1

- 縦軸は利子率i、横軸は貨幣供給量Msまたは貨幣需要量Mdである。貨幣供給は中央銀行が制御しており垂直の線Msとなる。貨幣需要は利子が高いほど預金され使われなくなるので右肩下がりの曲線Md(i, Y)となる(Y, Y'はGDPらしい。後述)。中央銀行が貨幣供給量をMs -> Ms'に増加させると、均衡点が移動し利子率はi* -> i'へと下がる。

- 図2:ケインズの投資決定理論

画像2

- 縦軸は利子率iまたは投資収益率rで、横軸は投資量Iである。棒グラフは投資案件を収益率の高い順に並べたものである。利子率が高い時はそれに見合う収益の投資プロジェクトだけが実行できる(緑)が、利子率がi'へ下がれば借金しても利益が出る投資案件が増える(緑+オレンジ)。結果として投資量はI* -> I'へ増える。

- この性質を利用し、以下に政府支出増を実現する3つの財源調達方法を示すがGDP増加効果は、中央銀行引き受け > 市中消化 > 増税となる。

- * [増税]: この場合、所得の減少が起きるため、所得減少 * 限界消費性向の分だけ消費が減少し、政府支出増加の分を一定程度相殺する。0 <= 限界消費性向 <= 1であり、収入のうちどのぐらい消費に回るかを表す。

- * [公債+市中消化]: 財政法の規定通りである。政府支出が増えるとGDPが増加するが同時に資金需要が増え図1はMd(i, Y) -> Md(i, Y')という青い曲線になる。結果的に利子率は上昇する。つまり政府支出↑ - GDP↑ - 貨幣需要↑ - 利子率↑ - 投資↓ - GDP↓ と効果が相殺される。これをクラウディングアウト効果という。

- * [公債+中央銀行引き受け]: この場合、銀行が購入した国債を中銀が買い取って資金供給する。上記の公債+市中消化の効果に加えて、中銀による貨幣供給↑ - 利子率↓ - 投資↑ - GDP↑ が加わるためトータルではGDP増加が見込める。

- 日本の国債残高はGDP比200%を超えており先進国中で突出して高く、持続可能性が問われる状況である。持続可能性の指標としてプライマリーバランス(基礎的財政収支)がある。

画像3- プライマリーバランス均衡では税収と政策的経費が釣り合っており、よって新規の国債額は既存国債の債務償還費+利払い費と釣り合っている。ただしプライマリーバランス均衡でも国債の額は増加し続けていることに注意(新規国債の利払いが後で来るため)。本来の意味の均衡状態は財政収支均衡である。またPB均衡であっても長期金利をGDP成長率が上回っていればGDP比で見た国債の割合は下がるため破綻は避けられることになる。現在の日本の財政はPBが赤字である。

- 2013年の日銀の黒田氏の量的・質的緩和政策は以下の政策を骨子とする非伝統的な金融政策である。伝統的な中央銀行の政策は金利に働きかけるものであり、公定歩合変更、公開市場操作、法定準備率操作などだが、本政策は市場への資金供給量に焦点を当てたものである。
- - 年間60-70兆円の貨幣供給量増大。
- - 年間50兆円ペースで国債買い入れ
- - 長期国債の買い入れ。買い入れの平均残存期間を3年から7年に増加。 (長期金利を下げることを意図)
- - 株式ETF、J-REITの買い入れ。 (民間の資金を国債からリスク資産へシフトさせることを意図)

- 2013年の日銀の黒田緩和政策以降、日銀の金融政策は政府の財政政策と融合状態にあり(財政ファイナンス)、政府の財政規律を弛緩させる可能性が指摘されている。一方で財政再建に都合の良い環境も作り出している。
- - 金利が低下し、財政の利払い負担が減る。
- - 物価が上昇すれば元本の償還費の低減に寄与する。
- - 国民所得の増加に成功すれば税収の増加につながる。

- 従って政府-日銀の政策協定(アコード)にもあるように政府側はこの間に財政再建を進める責務を負っているともいうことができる。

- 緩和政策から通常の金融政策に戻すこと(出口戦略)には以下のような困難がある。
- - 大量の国債売却で価格が下がり、日銀の財務を毀損する。
- - 金利の上昇により政府の国債の利払い負担が増加する。
- - 金利の上昇で民間の景気が腰折れする可能性がある。

- 加藤出氏(東短リサーチ代表取締役社長): 日銀の金融緩和により雇用が増加し、賃金も上昇し、企業収益が増加している。ただし収益はアメリカが金融政策の正常化で円安が起きたことに助けられた。一方物価上昇率の2%目標はできていない。

- 加藤出氏: 日銀の資産は膨張し続けておりGDP比100%になろうとしている。金融緩和時のFRBでも20%代、ECBでも30%代であり、この点でも異次元である。長期金利は教科書的には中央銀行にはコントロールできないはずだが、現在コントロールできている要因は、出口が遠いとみられること、国民の貯蓄が多くそれが銀行や生保を通して国債を国内で買い支えていること、日本の財政が5-10年程度は破綻はないとみられていること、経常黒字であることなどであると考えている。現在は財政の利払い負担は低いが、これらの前提が崩れてくれば金利の制御を失い財政危機になる可能性はある。

- 加藤出氏: 出口戦略においては金利が上昇し日銀の財務が毀損する可能性がある。諸外国ではリーマンショック後の景気回復局面では金融正常化を行い、次の不景気に備えている (ケネディ大統領: 天気のいいうちに屋根を修理すべきだ)。物価が上昇しない構造的な問題があり金融政策では手を付けられないのに物価上昇率を目標にしてしまったため出口戦略をいつまでもとれない。この間に財政規律が弛緩しますます出口に行きにくい。少子高齢化は急速に進み社会保障費が増大するほか、雇用や所得を支える成長産業(かつての電機や自動車のような)が育っていない、などの問題は先送りされがちである。

感想

国債を発行すると金利が上がる理屈は、債券市場の需給の問題だと思っていましたが、実際にはGDPの増加で貨幣需要が増加するから、とのことでした。GDPと貨幣需要の関係Md(i Y)がイマイチピンと来てないのですが、公共事業にせよ民間の活動にせよ、何らかの付加価値(==GDP増加)のあるものが生み出されれば、それを(借金してでも)買いたい、使いたいという人は増えるので貨幣需要は増加するし金利も上昇するということなのかなと思いました。

あとケインズの話ですが「景気が悪い時は公共事業」というのは覚えていたのですが、その裏で金利を低く抑えるために貨幣供給量を増加させないと効果が弱まってしまうというクラウディングアウト効果は全く分かっておりませんでした。ちなみにクラウディングアウトはcrowding outというつづりだそうです。さっきググってみましたが財政政策か金融政策かという壮大な議論を巻き起こしておりそっと閉じました。

プライマリーバランスは収支トントンじゃない、のですね。借金は増え続けている。これも勘違いしやすい・・。

加藤氏の指摘、要は
- 日銀が質的・量的金融緩和で金利を低位に制御する
- 政府は産業構造を改革し財政を再建する
という手筈だったのが、産業構造を変えない限り物価は上がらないし、物価が上がらない限り日銀は金融緩和をやめられないし、金融緩和をやめない限り金利が安いので財政再建を急ぐ必要もない、という先送りの格好の条件になってしまっているわけですね・・・かけたはしごを外されたというか、なんともたとえようのない状況ですねこれは・・・。

ケインズ理論の説明ではっきりしなかったのが物価上昇率の役割ですね。金利やGDPや政府支出と関係はあるはずなんですが、なんで日本の物価が上がらないのかよくわからず。盛りだくさんな回でした。

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