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デザインってなんだっけ?の答えに迷ったときに見るnote

早めの夏休み(半分仕事)を取ってこの円安時代にロンドンに行った。8年ぶりくらい?にデザインミュージアムにも足を運んで、展示よりも書かれているキャプションでデザインについて再認識させられた。

ここが僕の「デザイン」の出発点であったようにも思うから意外と大切な場所。

「良いデザイン」とはなにか?

すごいたくさんの議論があってこの定義が作られたに違いない

20世紀、モダニストたちは、優れたデザインとは有用性、つまり物体がどれだけその機能を果たすかということだと信じていた。

他の人々にとって、良いデザインとは目に見えるものではない。
それは、感情的な反応を引き起こすことができるものかもしれない--おそらく、美しさや驚きによって。

何が良いデザインかは解釈の余地がある。
多くの人が、デザインには道徳的、倫理的な要素があり、デザインは私たちの生活を豊かにしたり、世の中に「良いこと」をする責任があるという信念を共有している。

しかし、良いデザインが私たちの世界を向上させるのであれば、悪いデザインは世界に害を与える可能性がある。このことは、デザイナーの、そして彼らの作品を使う人々の道徳的責任を浮き彫りにしている。

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建築家ルイス サリヴァン氏の言葉で「形態は機能に従う(Form follows function)」はデザイナーの原則となっている。

刺さったのは

良いデザインとは目に見えるものではない。

の一節。

実務を通してみると、デザイン工程の80%ぐらいが地味でロジカル。かつ反復作業。人が目にするのは残りの20%の表現部分。

本当に「目に見えない部分に良いデザインが隠れている」と感じた。

変化の担い手

デザインとデザイナーは、強力な変革の担い手として働くことができる。革新的な製品、新しいサービス、斬新なアイデアはすべて、私たちがより長く、より充実した生活を送れるよう手助けしてくれる。

自動車や輸送用コンテナのようなデザインは、その影響が世界中に広がり、産業や社会全体を再構築することもある。その他のデザインは、たった一人の人生に影響を与えたり、人生を変えたりすることもある。

通常、デザインの直接的な用途は予測されるものだが、長期的な影響は予測しにくい。
人々は予期せぬ方法で製品を使うかもしれないし、予期せぬ感情で製品に反応するかもしれない。

ドローンによる宅配サービスや自動運転車のようなイノベーションの直接的な影響は容易に想像できるかもしれないが、これらのデザインが関連産業や雇用に与える究極的な影響ははるかに複雑である。

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確かに自動車や輸送コンテナのように1つの規格(フレーム)を作ることで計り知れない影響を与えることができると思うし、デザイナーにとっては生涯自慢できるだろう。

その反面、予期しない悪影響だってある。物事には必ず2面性があるし、別位の意味で言えば、デザイン自体に完成がないのかもしれない。

未だにイスの新しいデザインは生まれ続けているし、グラフィックもデジタルデザインも進化し続けている。

「良い」とか「悪い」とかではなく、変化やインパクトという軸で見るのが新鮮だった。

デザインとビジネス

世界で最も成功している企業のいくつかは、デザインをビジネスの基盤としている。彼らは、自社製品のルック、フィール、アイデンティティを注意深くコントロールしている。

ブランディングから店舗の内装、スタッフのユニフォームに至るまで、企業活動のあらゆる面でデザインを採用している。

このような企業では、デザインが技術開発やイノベーションの原動力となることが多い。単に市場原理に対応するのではなく、デザインを製品開発の中心に据えることで、こうした企業は独自のアイデンティティを築くことができる。

このようなブランドの価値は、一夜にして蓄積されるものではなく、大切に育てられ、守られていくものなのだ。

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コロナで苦境に陥ったAirbnbがCEO主導で、ありとあらゆるデザインを細かく見続けて復活したことは記憶に新しい。

神は細部に宿るというが、これは本当。この神様を守り続けられるかがブランドや内部文化の形成に大きく貢献しているんだと思う。

デザイナーそれぞれにとっての「デザイン」

〇〇デザイナーという肩書は世の中にたくさんあるし、そう名乗っていなくてもデザインに近い行為をしている人はたくさんいる。その肩書やアイデンティティの数だけ「良いデザイン」が存在している。

何が良いデザインかは解釈の余地がある。

無数のデザイナーによって作られた「良いデザイン」のおかげで、今の社会の生活がある。

革新的な製品、新しいサービス、斬新なアイデアはすべて、私たちがより長く、より充実した生活を送れるよう手助けしてくれる。

ここ最近まで「〇〇デザイナー」の数の多さに辟易していた部分があった。マーケティング的なメッセージだったり、ブランディング面で名乗っている人もいると思う。

ただ、より長く、より充実した生活を目指しているのだとしたら、UIデザイナーとかプロダクトデザイナーとか、ファッションデザイナー、サウンドデザイナーとか。そういう垣根が根本のところで、なくなると思う。

もちろん、たくさんの「悪いデザイン」も作られてきただろうと思う。しかし、産業の発達にはそういったもの欠かせないものであった。

通常、デザインの直接的な用途は予測されるものだが、長期的な影響は予測しにくい。

失敗から先達のデザイナーたちは学び、後世に伝えてきたからこその今だ。

デザイン自体のブランドも一朝一夕で培われるものではないことを、デザイン文化がない組織に移って実感した。

このようなブランドの価値は、一夜にして蓄積されるものではなく、大切に育てられ、守られていくものなのだ。

いろんな反発だったり、不可抗力との戦いはこれからも続くだろうな。


けど、デザインのことがまた少しスキになれた時間だった。

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