見出し画像

あんなにやっていたのにね〜続き

結局フランス語の集中コースを受けることにした。去年もそうだったのだが、3月にそれまでごきげんで学習していたのに突然もうやっても仕方ない、みたいな感覚がやってきて辞める理由を探し始める。語学学習を辞めて旅行に全て使ったらヨーロッパかアメリカ大陸へ今すぐ行けるという考えは間違ってはいない。実際に3ヶ月間の集中コースに申し込むと交通費を含めて30万円必要で、30万円あったらどこかへ行ける。旅か語学学校かの2択に見えるが実際にはそうではないのかもしれない。両方やればいいじゃない、というのが理想なので両方やっていたらどうしているかという前提で選択する。週2回6時間のレッスンを週3回にして2.5倍の授業を受けるのは心理的な抵抗が大きい。途中で増やす人なんて誰もいなかった。

週に12時間の週に3日の中級コースと週に1回の会話クラス3時間で合計週15時間の授業というと多いような気がするが、みな高校生の時には週に40時間くらい学んでいたし、自宅学習が毎日4時間だとすると68時間くらい学びに使っていたことになる。働く必要がなかったことが今とは違う。ならば働く時間と合わせて68時間にすればいいじゃない?というのが書いていて出てきた考えで今それに気がついた。自宅学習4時間は可能かもしれないがとりあえず2時間でいいことにする。2時間の移動時間を確保するとして、残り40時間のうち15時間が学校の授業で、そうすると25時間が働く時間。アルバイトしてもいいし自分で何か教えたりしてもいい。時間は本当は一人一人違うけどまぁ、誤差範囲内では同じだろう。重量による時間の歪みはそんなに大きくない。

今週末は来週の学生実験の講義の準備のために勉強している。誤差論とか最小二乗法という実験においては極めて重要な基礎の基礎。理系の大学生が皆学ぶ授業だから面白く伝えて是非とも世の中の文系のみなさんの生活が向上するように還元できるといい。

信じられないような話が実生活では起こるから、そんな場面で理系の学生さんたちは社会で測定とは何か観測とは何かを伝えてほしいと思っている。ものの長さは定規や巻き尺で測れるけど、絶対的な値というのは存在しない。高校生までの世界とはちょっと概念が変わる世界だ。そこには測定値があるだけで、不確かさとかばらつきとか実世界に存在するモヤとか霧みたいな存在が空気のように漂っている。思い込みを持って世界を眺めることも観測結果を歪めてしまう。定規を斜めにあてて長さを測るとか、ちょっとしたことで世界を観測する精度は低くなってしまう。

あと1時間授業の準備をしてから今日は終わりにしよう。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?