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Close、の扉が開いた

レストラン、というよりビストロ。午後2時すぎ。ランチタイムはもう終了している。金属製のドアは閉まっていたが、写真を撮っていたらちょうどドアが開いた。ドアの写真を撮ろうとしていたのだけど、面白いからそのままにした。

closeと書いてあるドア。

両手を広げたら届くくらいの幅、うなぎの寝床のような敷地に飲食店が並ぶ浅草界隈はランチタイムとなると観光客でどこの店もいっぱいになる。気軽に食べられる定食屋や寿司、天ぷらなど様々なレストランが並んでいるが、ここはロシア料理の店なので観光客はいない。フランス風ロシア料理店。どこがフランス風なのかよくわからないけど盛り付けは美しいし、料理の味付けも繊細だった。

浅草に日本舞踊を見にきた日曜日、お昼ご飯を食べた。店に入ったのは午後1時前だから1時間半ほどかけて食事をしたことになる。そういえばゆっくり食事したい時に時々ロシア料理を食べに行く。なぜだろう。日常ではない感じがするからか。

初めてロシア料理を食べたのはもうずいぶん前のことだけどピロシキくらいしか知らなかったので壺焼きのスープが印象的だった。中学生か高校生くらいだったと思う。都内でゆっくり食事しようと思って選ぶのもロシア料理店。東京駅を眺めながら食べるお昼ご飯は美味しく店の雰囲気もいい。

そして数ヶ月前に行った吉祥寺の地下にあるロシア料理店。偶然見つけたお店だったけど結構いい店だった。いまだにロシアへは行ったことがないので本場のロシア料理を食べたことがない。だからどの店で食事してもここは本場の味と近い、とか、ここは日本風の味付けだ、とかコメントすることができない。本場の味と比べたいという理由でロシアへ行ったりはしないけどなんとなくロシアへ行くまではすっきりしない気もする。

帰りがけにコースのコーヒーがフランス風なのですかと聞いたらあれは日本風の味付けですと言われてちょっと拍子抜けした。確かにウインナコーヒーがグラスに注がれていた。フランスでは見たことない。じゃあどこがフランス風なのかと聞き返す気にはなれず、そのままコートを着て店を出た。ドアのデザインが可愛いから写真を撮っておこう、と思ったらドアが開いた。

このところドアと鍵がテーマのようになっているので、閉まっているドアの写真は散々撮った。でも開きかけのドアを撮影したのは初めてだった。自分が入っている時には取れないからドアの前で写真を撮るのはいつもドアを開ける前か出てきた後だったし、開くことを想定していなかったので歩いていて何もないところで足を滑らせたような気分になった。

現在進行形で開いたドアは、無言で開いたのだけど、なんとなく活き活きしているように見えた。私働いていますの、と言っているようで、彼女はじっと閉じている時と比べるとどこか饒舌になっているような印象を受ける。closeと書いてあるけど開いたドア。もちろん中には食事を終えた客と、今まさに法事を終えて遅めの昼食を食べ始めた団体客がいる。閉まったまま開かなかったら困るではないか。客が帰れない。閉まっているというのは外を歩く人へのメッセージで、もう営業終了しましたよ、の合図。

だったら食事を終えた客が見た時にはご来店ありがとうございましたにすればいい。中でそう言ってもらったので十分なのだけど、closeのサインのドアが思いがけず開いてなんだか変な気分になった。観測者ごとにメッセージ変えてもいいと思うと量子力学の観測問題が頭に浮かんだ。いやいや、そうじゃなくて。

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