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西澤作品をできるだけ読んでみる17  『七回死んだ男』

 この数年、遺産のためのご機嫌伺いのために訪れている祖父、渕上零治郎の邸宅。かつて祖父を見捨てた母や葉流名叔母さんに対して頑なな態度を取っていた祖父だったが、年始の挨拶を許すくらいには、その態度を軟化させつつあった。そんな祖父、零治郎の死体が発見され、親戚一同は非現実な出来事が自分たちの身に起こることに衝撃を受けていたが、〈僕〉こと大庭久太郎だけは別の意味で衝撃を受けていた。久太郎だけは殺人事件が起こる筈がないことを既成事実として知っているのだ。ある日唐突に起こる自称“反復落とし穴”という不思議な体質によって、何度も同じ一日が繰り返す久太郎にとって、その殺人はあってはならないものだった。

 今回紹介するのは、

『七回死んだ男』(講談社文庫 1998)
 ――読み継がれて欲しいSF系本格ミステリの名作!

 親本は1995年に講談社ノベルスより刊行され、新装版が2017年に刊行されました。

 ※ネタバレには気を付けますが、未読の方はご注意を!

 本作は遺産相続をめぐって不穏な空気が高まる中で起こった殺人事件に、SF的な設定を絡めたユーモアの色合いが濃い作品で、西澤保彦の代表作として紹介されることが多い作品です。代表作=最高傑作というのは安易な判断過ぎますし、個人的にも最高傑作だと声高に叫ぶのにはためらいが生じるのですが、それでもSF的な設定とミステリが綺麗に結び付いた本格ミステリの名作として読み継がれて欲しい作品であることは間違いないと思います。

 舞台の割に愛憎劇が控えめ(行動自体はかなりえげつないものも多いですが、他の著者の作品に比べると言い回しや表現がすこし柔らかめな印象があります)で、設定の割に置いてけぼりになるほど真相が複雑過ぎる、というわけでもないので、広範の人におすすめしやすい作品なのかなとも思います。後者に関して言えば、説明がうまい、という著者の美点が際立っているとも言えます。

 私自身に関して言えば、〈不純さ〉と真正面から向き合うような『からくりがたり』や『収穫祭』、本作以上の複雑さを持ちつつもそれに見合うような驚愕を描いた『人格転移の殺人』といった人を選ぶ過剰さにも強く惹かれる人間なので、その部分が控えめなことにすこし物足りなさ(今回再読してみて、初めて読んだ時と比べて)を感じました。最高傑作と言うことへのためらいはおそらくここから来るのだと思います。

 とはいえ私の個人的な事情を省けば、本作は本当に素晴らしい作品です。設定のために老成気味の語り手は物語の雰囲気にとても合っていますし、人間関係のあれやこれやも読んでいてとても楽しいです。そして何より真相が明かされた時の驚きと気持ち良さは西澤作品の中でも群を抜いているように思います。笑える、という点では「それでも事件は起きる」の章の喧嘩シーンが一番印象的でした。

 祖父と少年の関係は特別良好な関係ではなく、物語中の祖父と少年の関わりは薄い。祖父は性格的にかなり難のあるキャラクターとして描かれています。そんな祖父の死の運命を阻もうとたったひとりで奔走する少年の姿には好感が持てます。恋愛要素も絡めてあり、青春恋愛小説としても楽しめる作品になっています。

 他の作品がもっと読まれて欲しいという想いから色々と書いてしまいましたが、やっぱり良い作品なんだよなぁ……。