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たとえ思いどおりにいかなくとも

「あなたはじぶんが思い描いた人生を歩めていますか?」

キラキラしているわけでも、とんとん拍子で進む人生でもない。今日も今日とてありきたりな日常を過ごしている。仕事終わりに居酒屋で、同僚と生ビールを飲む。そして、会社の愚痴が止まらないそんな人生。家に帰ればひとりきり。家に帰れば、好きな人が「おかえり」と出迎えてくれるそんな人生を歩みたかった。

でも、現実はどうだろう。よれよれのパンツスーツを身に纏い、化粧も酷く落ちている。髪はボサボサで、とてもじゃないけれど、結婚適齢期の26歳の女とは到底思えない。週に3日は残業で、部屋の片付けさえも億劫だ。部屋の四隅には、無数の埃とカップ麺の容れ物が転がっている。このろくでもない部屋が、私が結婚できない理由を物語っている。

人生を1からやり直せるのであれば、子宮からやり直したいけれど、人生はゲームのようなリセット機能はない。好都合よりも不都合のほうが多いし、「まさか」の繰り返しばかりだ。そして、私はこれから先も死ぬまで私のままで生きていかなければならない。

嫌な思いをした日は、ベランダで物思いに耽るのがおきまり。ベランダから月が見える。「あの人も同じ月を見ているかな」と考えたりもしたけれど、恋人はおろか好きな人すらいないのが現実だ。周りはどんどん結婚していく。友人のインスタのストーリーには子どもの写真ばかりが上がり、焦りも苛立ちもある。でも、私をもらってくれる器量の広い男なんてこの世にはいまのところいないのが現実だ。

いつだって満月は綺麗だ。でも欠けた月には、言えない本音が隠れているってもんだ。伝えたくても伝えられない。そんな思いがひとつやふたつぐらい誰にでもあるだろう。数年前に恋をしたとき、私はじぶんの思いを告げることなく失恋した。だから、私は満月よりも、欠けた月の方が人間ぽくていいと思う。

夏目漱石は「愛してる」を月が綺麗ですね」と訳した。でも、愛してる人がいない私からすれば、余計なお世話だよって感じだ。夏目漱石の文学のせいで、「月が綺麗ですね」と言えば、勘違いしてくるバカだっている。文学かじりのバカが言葉の裏の意味を変に解釈するせいで、月が綺麗と言いにくくなった。

もしも好きな人に「月が綺麗ですね」とキザな言葉を使われたときには、きっと天に召される勢いで、照れてしまうだろう。私はいつだってラブストーリーを待ち侘びている。でも、白馬の王子さまを待ち侘びている私の元には誰も迎えに来ないのオチだ。

ドラマや映画で、よく見るハッピーエンドとはほど遠い人生。普通とかけ離れたOL彼氏なしの26歳。こんなはずじゃないとなんどもなんども口にしているし、産んでくれた母親もこんな子を育てた覚えはないと失望しているかもしれない。母親が私に失望しているのであれば、里帰りの日に謝ろうと思うけれど、この状況は簡単には覆らないってもんだ。

もしも私が主演の映画が完成したら、それはつまらないものになるにちがいない。私がその映画を観に行ったら開始5分で、映画館を出て行くだろうし、ネットに悪い口コミを書いてしまうだろう。賛否両論が世の常であるこの世界で否定的な意見ばかり露見することが目に見えている。私の映画なんて何の役にも立たない。誰かに胸を張れるものはなにもないし、ないものねだりばかりを繰り返している。

私が主演の映画とは裏腹に、ほとんどの映画やドラマが、複数の人生が無数に広がっている事実を教えてくれるし、私が歩めなかった人生を教えてくれた。いつも憧れを覚えるし、嫉妬や怒り、私が知らなかったあらゆる感情が、映画やドラマの中にはたくさんある。

魔法が使えるファンタジー。好きな人と結ばれるラブストーリー。正義は必ず勝つと教えてくれるアクション。笑いなしでは見れないコメディ。音楽の素晴らしさを教えてくれるミュージカル。

いつだって主人公は輝かしい人生を歩んでいる。でも、ハッピーエンドの物語よりも、バッドエンドの物語の方が余韻に浸りたくなるのは、私の人生に彼らの物語を重ねているからかもしれない。

恋はなくとも愛はなくとも勝手に人生は進む。じぶんの人生に期待してないわけじゃないけれど、他人の人生を羨ましく思うことが増えた。できる理由は後回し。できない理由ばかりが頭に浮かび、やりたかったこともぜんぶ諦めてきた。

夜、眠る前に今日起きたいいことを紙に書こうとしたんだけれど、なにも思いつかない。1つぐらいはあるだろうと頭を捻れどひねれど、一向になにも思いつかない。考えれば考えるほど虚しさが強くなるばかり。そんなじぶんがいやになって、真っ白な紙をぐちゃぐちゃに丸め、ゴミ箱へと放り投げるが、あさっての方向に向かう。何事もうまくいかないし、人生の浅さにヘドが出る。

気を取り直すために、テレビを点ける。深夜バラエティの下品な下ネタに救われる夜。馬鹿騒ぎしているお笑い芸人と、怪訝な顔をするグラビアアイドル。ひな壇に上がれている時点で勝ち組。どこに向かうか不透明は私は負け組。窓の隙間に入り込むぬるい風がやけに心地いい。

仕事をしている人。寂しくて眠れない人。ポエムを書き溜める人。徹夜で学校の課題に取り掛かる人。ゲームをしている人。深夜に起きている連中にろくな人はいない。そんな私もろくでもない人間の1人で、一発逆転を夢見る女の1人だ。

女子力を上げるためにパックをする。そして、深夜に食べようと取っておいたポテチの袋を開ける。上げようと張り切った女子力が台無しだ。なぜ深夜に食べるポテチはこんなに美味いのだろうか。深夜に悪いことをしている気分になるからかもしれない。

他に理由があるかもしれないけれど、エモーショナルな理由は頭の悪い私には思いつかない。ポテチと酒の相性は抜群で、ここに好きな人がいれば尚のこと最高になるだろう。でも、私は1人だ。これから先も1人かもしれないし、好きな人と結ばれるかもしれない。

思い通りにならなくても人生は続く。認めたくないけれど、私は私のままで生きていかなければならない。

ポテチでベタベタになった手。綺麗に拭けば、私は明日から変われるかもしれない。でも、拭くことさえも面倒だから顔に張り付いたパックにつかないように、ベタベタな指をペロリと舐めると、しょっぱい涙の味がした。

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