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愛する力を信じる人へ

昨晩、妻から「あなたが夫でよかった」と言われた。また、あらたまってどうしたのだろう。その安堵した表情から、悲しい告白ではないようだ。

二年ほど前、妻はわたしに「大事な話があるので聴いてほしい」と言った。普段からよく会話をする夫婦なので、あらためてそう言われるのは珍しいことだった。わたしが姿勢を正すと、妻は続けた。

「これからあなたにたくさん迷惑をかけると思う。きっと傷つけることばも口にしてしまう。でも、それは本当の気持ちじゃないからわかってほしい。自分ではどうにもならないから」

更年期障害についてだった。女性ホルモンの低下によって起こる自律神経の調節不良や心身の不調。彼女の母は更年期が訪れなかったらしく、自分にも来ないと信じていたと話した。ただ、50代に差し掛かった頃から、彼女はその“予兆”のようなものを感じ取っていた。

わたしは「大丈夫だから、安心してほしい。何が起きても変わらないから」と伝えた。

この二年、確かに彼女は“彼女らしさ”を崩した。大きな不安に襲われたり、感情が乱れたり、動けなくなってしまったり。彼女は“彼女自身”と格闘していた。その波がこちらに向かってくることもあったが、わたしたちはほとんど喧嘩をしなかった(おそらく一度も)。きっとその波に抗ってしまうとうまくいかなかったのではないかと思う。

彼女が彼女の大切な存在を壊してしまいそうになった時、わたしは「あなたが最も大切である」と前置きした上で、それらの大切な存在がいかにすばらしいものであるかを伝えた。すべてうまく振舞えたとは当然思っていない。わたしにも未熟なところはたくさんある。でも、大切な関係性だけは守ることができたのではないかと思っている。

妻はわたしの18歳上で、少しユニークな夫婦の在り方だ(彼女の娘はわたしの妹と同い年)。18も下の若造が、異性の更年期障害について想像できるだろうか。それができるほど、わたしは優れた人間ではない。

昨晩、妻が「あなたが夫でよかった」と言ったのは、この二年のことを振り返ってふとこぼれたことばだった。彼女から感謝を伝えてもらって、それは愛しているからあたりまえのことなのだけど、やっぱり夫婦っていいなと思った。

あの時、彼女が「大事な話があるので聴いてほしい」と伝えてくれたから、わたしもこころの準備をすることができた。だから、もし同じような症状を抱えている人がいたら、パートナーに伝えてあげてほしい。愛していれば、何があっても必ず受け止めるだろう。ただ、こころの準備があったほうが受け止めやすいことも事実ある。

愛は、人を成長させてくれる。うれしい時、共に分かち合いたいのは妻であり、つらい時、傍にいてほしいのもまた妻である。その反対も同じこと。彼女がつらい時ほど、行き先の見えない不安や戸惑いの中でランタンを手に傍にいること。壊れやすい感受性を、丁寧に扱うこと。彼女が大切に育んできた人やモノや関係性たちを、守ること。きっと10年前のわたしにはそんなことできなかった。経験を重ね、「大切にする」とはどういうことかを問い続け、失敗しつつも成長しながら、共に愛を育んでいくのだ。

そんな偉そうなことを言っても、わたしもまだまだ未熟者で。今も思い悩みながら三歩進んでは二歩下がる日々を送っている。ただ、これだけは伝えたい。壁は二人で乗り越えるのだ。

愛の力を信じる人すべてにエールを贈る。



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