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【小説】呉勝浩『素敵な圧迫』

「ぴったりくる隙間」を追い求める広美は、ひとりの男に目を奪われた。あの男に抱きしめられたなら、どんなに気持ちいいだろう。広美の執着は加速し、男の人生を蝕んでいく――(「素敵な圧迫」)。

交番巡査のモルオは落書き事件の対応に迫られていた。誰が何の目的で、商店街のあちこちに「V」の文字を残したのか。落書きをきっかけに、コロナで閉塞した町の人々が熱に浮かされはじめる――(「Vに捧げる行進」)。

ほか全6編を収録。
物語に翻弄される快感。胸を貫くカタルシス。
文学性を併せ持つ、珠玉のミステリ短編集。

【感想】

著者の作品は『スワン』を読んだのみだが、これが堪らななく僕好みのミステリだった。
小さな違和感を積み重ね、それを丁寧に紐解いた果てに訪れる真相には否が応でも心を動かされた。

僕は基本的に、どれほど物語性が強くとも、ミステリを読んで感動することはあまりないのだが、この『スワン』に於いては登場人物の慟哭がこちらにも伝わるレベルの筆致で圧倒されてしまった。

そして、昨年出版された『爆弾』が方々で評価されてるので読みたいとは思いつつも、今年は新刊を読む年と決めたので、とりあえずはこちらから読了。

どうやら、著者初の短編集であるらしい。

収録作はどれも読み出したら止められないほど面白く、かつバラエティに富んでいる。

著者の引き出しの多さが窺える一冊。

しかし、ミステリを期待して読むと肩透かしを喰らうことになってしまう。

広義のミステリではあるのだが、伏線の妙や、どんでん返しなどを期待して読むものではない。

どちらかというと、落語を楽しむ感覚で、どうやってオチるのか、そんな心持ちで読むと楽しめると思う。

どうやら11月には長篇も出るらしい。
それまでに『爆弾』を処理しなければ。

各短編の短評は以下に。

『素敵な圧迫』
表題作だけあって、短いながらも気の利いたオチが用意されている。
読者の固定概念を覆す反転はお見事。

『ミリオンダラー・レイン』
みんな大好き3億円事件の裏で、起こり得たかもしれない一幕を描くお話。
“知らない”ということが一生の不覚足り得るという教訓を与えてくれる。

『論リー・チャップリン』
メチャクチャ笑える。
オチは予想の範疇だけど、父と子の会話劇がとんでもなく面白い。
本を読んで声に出して笑ったのは数年ぶり。

『パノラマ・マシン』
思春期男子なら一度は夢想したことのあるアイテムを手にしてしまった男2人の顛末。
1人の男の執念が実を結ぶラストは胸が熱くなる。

『ダニエル・《ハングマン》・ジャービスの処刑について』
本書の中で唯一の書き下ろし作品。
とある格闘家の半生を一方的に語られるだけのストーリーなのだが、これがかなり読ませる。
そんで、ラストの一撃。
堪らない。

『Vに捧げる行進』
コロナ禍の商店街を舞台にした一編。
僕も1度目の緊急事態宣言の時、仕事で商店街に行ったことがあるが、あの異世界感は一生忘れることはないだろう。
人々の鬱屈とした想いが、ひとつの波を作っていく様は、さもありなんと言ったところ。
真相の一部は伏線不足だが、そこを突く様な作品でもないから瑕疵ではないのかな。

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