エッセイ : 二十歳

幸せだと、意識する瞬間が急に増えた。

受験の波に揉まれて、身を任せて半年が経ち、気が付けば二十歳を翌日に迎えていた。
部屋のベッドの上で読めていなかった小説や漫画をご馳走のように貪りながら、全く勉強していない罪悪感をちょっとだけ感じる日々。友人にも事の終わりを喜ばれ、祝われ、心地のいい忙しさが私の周りを流れていた。
全てがいとおしい。

そこにきての二十歳である。

今までの誕生日とは違う。縁起の良い夢をみたお正月の朝のような特別感。
一桁の数字の繰り上がりは、何か始まりを感じさせた。

率直に、正直なことを言おう。
私は盛大に祝われたかった。

拍手喝采、誰もが私の大人への一歩を称える。
たばこをふかせば、渋くてカッコいいとそこかしこから聞こえ、酒をかっ食らうと皆大笑いしながら付き合ってくれるのだ。(誇張が過ぎて狂気染みてしまったことを深くお詫びしたい)

二十歳でも大したことはない。私の向上心に変わりはない!と日中、友人に豪語しながら、内心では私を乗せた神輿を絶世の美女たちが担ぐほどウキウキしていた。言うなればウッキウッキである。

完全にお調子に乗りこなされていた私は、二十歳記念で家で飲もうよ!という友人の誘いを食い気味に承諾した。

長い付き合いの友人たちとテーブルを囲み、乾杯をした。友人は私のために、空っ風の吹いていた財布をぎゅっと絞り、プレミアム・モルツをプレゼントしてくれた。
目頭が熱くならあ!
友人の想いに深く感激し、答えなくてはと思った。
私は500mlの缶を口元へ運び、おもいっきり傾けた。

いつもより数倍早く、またその数倍噛み締めるようにほどよく冷えたビールを飲み干した。
ビールの炭酸は私の上がりきったスピードメーターをまだまだというように押し上げていった。

部屋には笑い声が絶えず、受験の苦しみが遠い昔のことに感じられた。
夢見心地だ。このまま時がゆっくりと進めばいいのに。

その直後、気絶するように寝ていた。
似合わないことを思ったからだろうか。

最近、嬉しい忙しさに身を任せていたのだが、その分あまり睡眠をとっておらず、3時間睡眠が普通になっているほどだった。
意識が戻ったとき、友人たちはすでに帰っていて、食べ尽くされたおつまみや缶だけがむなしくテーブルの上で捨てられるのを待っていた。

それでも私は満足だった。いい日だったと、このまま眠ってしまおうかと思った。
しかし、私の二十歳はこのまま始めさせてはくれなかった。

突如、私は底知れぬ気持ちの悪さに襲われる。
胃の中で暴飲暴食をした液体やら食材が、出せとのたうち回っている。
いけない。これはいけない。
二十歳の誕生日だぞ。今日ぐらいきっちり決めようじゃないか!

今まで吐いたことはなかった。
むしろ吐いている人を、制御できないほど飲むなんて、あーあ、阿呆だなあと笑っていた。

阿呆はまぎれもなく私だった。

500mlのビール、グラタン、鶏の照り焼き、二十歳初日に、これらを消化することなく私は全てをフローリングにぶちまけた。

深夜四時、私はティッシュを何重にも重ねて、自分の体から出たものをトイレに流した。
消化しなくても、還るところは一緒なんだ。
なんて下らないことを思った。

自分の後始末をしている間、密かに大人を感じた。

幸せなことだなあ。

妙にスッキリとした頭で、そう思うことにしようと決めた。
悪いものは出した景気のいい二十歳、これから起きることを全部面白いことにしていけたらいい。

上を見上げて、蛍光灯の明かりを見て、くしゃみをした。
それは、まるで汽笛のようにも思えた。

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