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『夢の酒』 ~夢で逢えたら~

夢オチ(夢落ち)、それは禁断のテクニック。
言いようのない虚しさを相手に与える、卑怯者の手法。
安易に手を出すべきではない、タブーな行為。

映画、ドラマ、漫画、今までに何度、この夢オチで裏切られてきたことか。せっかく積み上げた物語が、「すべて夢でした」の一言で崩壊する。行き場を失った、怒りとも虚無ともつかない感情に支配される。

そこにひとつの光明が差し込んだ。
“前もって夢であることを明示しておく”
・・・もはや夢オチではなくなっているぞ、といった指摘はご無用です(笑)

今回は、そんな噺の演出をば。そんなって、どんなだよ。

人物設定として。
大黒屋の若旦那、25歳、見た目は中の上といったところ。酒には目がない。落語の中では珍しく、カミさんがいてちゃんと働いている。ま、働くったって自分の家の手伝いみたいなもので、責任もノルマもない、金と暇のある気楽な立場ではあります。
そして妻のお花、22歳。甲斐甲斐しく亭主に仕える、男の目から見た(前時代的な視点での)良き妻。
大旦那は50歳にしておこうか。酸いも甘いも噛み分けた人情家、でも倅同様、酒にはだらしないのが玉に瑕。
向島のご新造さん、年齢不詳。おそらく30でこぼこ。妖艶な美女。この“ご新造”ってのは他人の妻、奥様を指す言葉。え?亭主持ちの女の家へ上がって一杯やった?いくら酒好きとはいえ、信用第一の商人がそんな危険な橋を渡ることはありません。お囲い者、お妾さん、または、向島という場所柄、(元)芸者さん、こんなところで手を打ちましょう(笑)
あとは女中のおキヨさん、60歳でいいや。適当だ。

さて、メンバーが揃ったところで噺の幕が開きます。

舞台はご商家。お店(おたな)の奥座敷は静かなもので、そこで昼寝をしている若旦那。
「ちょいと、お起きなさいまし」若妻が若旦那を起こす。伝法な長屋のおカミさんになっちゃいけません。どこか初々しく、控えめな塩梅で、でも可愛さもほしい。(あくまで男の理想像としての云々)

寝ぼけている若旦那。何か寝言を言っている様子。この時点で、すでに夢オチを暗示しています。まだ夢、とははっきり言葉にはしていないけど。

若旦那が寝ている仕草は、背中を丸めてうずくまる姿勢で、顔を伏せる(下を向く)。落語は座って演じる芸なので、横になって寝る、や、勢いよく走る、といった動作をリアルには表現しない。で、寝る、というと仰向けのイメージですが、座った状態で上半身を反り身にしたら、腹筋を鍛えてる人に見えちゃう(笑)。なので、うつ伏せ寝みたいなイメージで演ってみて。

妻は、二度、三度と声をかけて軽く体を揺する。起こす仕草は、そこで寝ている亭主にちゃんと目をやって、右手は寝ている人の肩先へ(イメージで)、左手で軽く床を叩いて、起こした時の擬音、効果音として。両手で体を揺する仕草もありです。あくまで優しくね。叩き起こしちゃだめ。
そして、若旦那は、上体を少しずつ起こして、目をしばたたかせながら大あくび。伸びの仕草を入れてもいい。昼寝から起きた、起こされた様子がお客さんに伝わるように。

若旦那が、「喋ってもいいけど、聞いたお前が怒るから」というのは、向島での出来事を話したら、夢だと分かっていても妻のお花は怒るだろう。その嫉妬を予測して、先に機先を制するために言うのだが、最後にはカミさんに押し切られ、夢の中での出来事を語っていく若旦那。お花も観客も、向島でのハプニングが夢物語だとわかった上で聞いていきます。
ところが、制したはずの機先は甘かった。お花には刺激が強すぎたのか、その怒りと悲嘆に暮れる様子は想定をはるかに超えたもの。止めに入った大旦那ですら、この騒動に巻き込まれる始末。大旦那は、当初、軽くいなして丸く収めようと考えた。それで、倅を叱ってお花に礼を述べて、一件落着となる流れだったのに。

ここからが起承転結でいうと、転になります。お花いわく、「向島の女に会って、お小言を言ってほしい」。大旦那も観客も、皆の頭にハテナ(?)が浮かぶ様子が手に取るように分かる。え? 夢でしょ、これ。会うってどういうこと?
「夢の中へ行ってみたいと思いませんか~」井上陽水だって思いはするけど、できるわけがない。あ、唄の歌詞ね。
お花が言うには、願掛け(おまじない)で夢の中へ行かれるそうです。「淡島様…」だの「上の句」だのは、ご自分でお調べください。

大旦那は眠くもないのに、お花に言われて仕方なく、ごろりと横になった格好です。疲れて昼寝をしていた若旦那との違いがここにも現れています。
寝る仕草その2。大旦那は、片手をひじで折り曲げて頭の脇へ付けるような形で、体を横前方へ傾ける。やっぱり分かりにくいって! 横向きでの寝方ですね。または片肘ついて寝ている様子にも。

向島のご新造さんとのやりとりも、大旦那らしい余裕のある様子を。酒と聞いて逡巡するところは、しっかりと心根が見えるように。

最後、お花に起こされて我に返る。間をしっかりと取って、思い入れたっぷりにサゲにつなげて。

「帰りに一杯やって帰りましょうか」、こんな言葉がお客さんから出てきたらまあ成功ですかね(笑)。


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