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no.14/いつもの?日曜日【日向荘シリーズ】(日常覗き見癒し系短編小説)

【築48年昭和アパート『日向荘』住人紹介】
101号室:ござる(河上翔/24歳)ヒーロー好きで物静かなフリーター
102号室:102(上田中真/24歳)特徴の薄い主人公。腹の中は饒舌。
103号室:たくあん(鳥海拓人/26歳)ネット中心で活動するクリエイター
201号室:メガネ(大井崇/26歳)武士のような趣の公務員
202号室:キツネ(金森友太/23歳)アフィリエイト×フリーターの複業男子
203号室:(かつて拓人が住んでいたが床が抜けたため)現在封鎖中

※目安:約5100文字

「うわーっ!」

 外でキツネくんの楽しそうな声が響いている。上から聞こえてきた感じだから、玄関を開けて、目に飛び込んできた銀世界に感嘆の声でもあげているのだろう。そんな事を思っていると、間もなくグループチャットの通知音が鳴った。

《外、めっちゃ雪積もってますよ! 今日は雪遊びしましょうよ! 日曜日でよかったー♪》

 雪遊びか。キツネくんは元気だなぁ。そういえば昨日の夜から随分寒かったけど、雪が降ったのか。今では止んですっかり晴れているけど、床の下から地味に冷え込んでくるし、積もった雪の反射なのか、外がいつもより明るい気もする。俺はスマホをテーブルの上に置くと、そのまま粉末状のコーンスープをマグカップに入れてポットのお湯を注いだ。こういう時は強制的に身体の中から温めるに限る。

《僕はヒーロースペシャルタイムが終わってから合流するである》
《俺もいつも通り、9時頃拓人の部屋へ行く予定だが。キツネは一体何時から遊ぶつもりなんだ》
《雪遊び? 何すんの?》

 ブルブルとスマホが何度も震えて、住人たちのメッセージをかわるがわる受信している。

《俺もいつも通り行くつもりだけど》

 俺も一応返信する。

《えー、じゃぁ僕もいつも通りに行きますー。晴れてるから早く遊びたかったんだけどなー》

 俺はそんなに遊ぶつもりはないけど、きっと外で過ごす時間が多いだろうから暖かくして行くか。晴れているとはいえ夜中に積もった雪の冷気は半端ないだろうし、マフラーと手袋と、うーん靴下は2枚ばきにするべきか……?



「おはようございまーッス!」

 103号室に到着すると、もうキツネくんがくつろいでいて、メガネくんはトーストとコーヒーを準備してくれていた。いつもの日曜日より、少し早いスタートのようだ。

「102さん、やる気満々ッスね! 完全防備じゃないスか」
「これはただ、外で突っ立ってたら寒いかなと思って」
「そうなんスかぁ? 朝ご飯食べたら遊びましょうね!」

 そういうキツネくんは意外と軽装だけど、雪遊びって白熱すると確かに暑くなるもんな。

「キツネ、残念だがまず道路の雪かきからだ。この辺は住宅街だから車の通りが多い場所よりも雪が残りやすいし、放っておいて凍ったら最悪だからな。周辺は年配の方も住んでいるし、危険極まりないだろう」
「はぁーい、役所職員さんの言う通りッス」

 昔は大家さんが雪かきしてくれていたみたいだけど、高齢になってきて大変だという話を聞いてからメガネくんが引き受けるようになったらしい。その流れで、こうして俺たちが交流するようになってからは、その日いるメンバーでするようになったのだ。

「さっさと食ってガーッとやっちゃおうぜー。俺も作業あるしさぁ。あ、焼けた!」

 チーンと軽い音が響く。

「先にキツネと拓人の分だ。102と俺の分は今からやる」
「ありがと」

 出来上がったトーストに、それぞれ好きなものを塗る。

「あーっ、そういえばあんこ切らしてたんスよねー。……今日はいちごジャムでいいや」
「キツネのそれさぁ、つぶあん乗っけて食うやつ。見た目のインパクトすげーよな、俺はパスー」
「たくあんさん、食わず嫌いはいかんでね! 小倉トースト、一度食べてみてください。でらうまッスから!」
「そうなの〜?」

 いつも以上にバタバタした朝食を終えて、さて雪かきに行こうとした時。

「拓人ちょっと待て」

 メガネくんが低い声でピシャリとたくちゃんを止めた。

「んー?」
「お前まさかそのまま出ていくつもりじゃないだろうな」

 もう何かの制服なのだろうかと錯覚させるほど、年中同じような半袖半ズボン姿で、更に素足のたくちゃんがそのまま外に出ようとしている。

「え? チャッチャと終わらせるんだから、これでいいだろ?」
「まじッスか」
「……あ、スエット。押入れにスエットあったじゃん。せめてあれ着たら」
「あぁそうですよ、前に押し入れの中にあるはずの長袖探したじゃないスか。スエットとか高校のジャージとかセーターとか。あれどうしました? まさかそのまま入れ直してしまっちゃったとかないでしょうね?」
「あの時はまだ寒くなかったから一度しまったけど。ダメだった?」
「そうか、なら今からまた出せばいいだけの話だ。そこのキャビネットをさっさとどかしてくれ」
「面倒くせーな、わかったよー」

 心底面倒くさそうな声で返事をすると、回っているのかいないのかわからないキャスターをガタガタ引きずりながら、押し入れを塞ぐキャビネットを動かした。いつぞやの衣装ケースがひっぱり出されて久々のご対面。

「どうせ着ていないのなら、寝巻き用に以前買ったスエット上下でかまわん。さすがに半袖半ズボンだと風邪引くぞ」
「えー、みんなの前で着替えるの嫌だ〜。あ、これで良くない?」

 そう言って取り出したのは、おそらく学校指定のコート。ご丁寧にベージュのマフラーも一緒に引き出されてきた。ないよりマシか。

「これ上に着るからさ、それでいいだろ?」
「よくないッスよ! 膝から下、素足じゃないスか」
「玄関に出ているサンダルの他に、せめてまともな靴はないのか」
「あー、前になんちゃらっていう動画の人たちに買ってもらったのはあるけどー。下駄箱に入ってない?」

 ……変身まじかるビフォーアフターTVか。そんなこともあったな。

「いいじゃないスか。で? 靴下は?」
「んー? ないんじゃないの?」

 ないのかよ!

「制服の類と一緒に入ってないか?」

 メガネくんが保護者のごとく衣装ケース内をチェックするけど、それらしいものは出てこなかった。確かに、以前開けた時も靴下は見なかったかもしれない。

「足が締め付けられるの嫌いなんだよー。だからねーよー。家の中にいたら困らねーしさ」
「あ! じゃぁちょっと待っててください! もこもこ靴下、三足セットのひとつ使ってないやつがあるんで、ひとつたくあんさんにあげます!」
「えぇーいいよー」

 キツネくんはたくちゃんの返事もまともに聞かず103号室を飛び出して行くと、間もなく驚くほどのスピードで戻ってきた。キツネくんは結構身体能力がいいんだろうな。俺ならあのスピードを出したら外階段ですっ転ぶ自信しかない。

「はいこれ。ふわふわもこもこでキツくないスから。たくあんさんの足のサイズ知らないスけど、かなり伸縮性あるんで大丈夫だと思います!」
「そうなのー?」

 渋々キツネくんから靴下を受け取ると、諦めの表情を浮かべながら、もこもこ靴下を履き始めた。
「本当だ、伸びるー。まぁ、俺も足のサイズ知らないけどさ」
「そんなのは、動画配信者から支給された靴を見ればいいんじゃないか。……29センチか。素足で靴も履かず、のびのび育ってしまったようだな」
「うーん、思ったより嫌な感じはしないけどー……布団の上歩いてるみたいにすっげーもこもこしてる。この状態でその靴はきたくないからぁ…サンダルでいいだろ?」
「仕方ないスよねぇ……素足か靴下かって言ったら、やっぱり素足の方が冷えますもんね」

 キツネくんが持ってきてくれたもこもこ靴下は薄いピンク色で、おそらく室内用なのではないかと思う。見た感じ暖かそうだけど、この状態で靴を履くにはキツそう。

「ならばそれでいいから、さっさと上着を着て雪かきに行くぞ。俺は先に外へ出て道具やら色々準備しておく。ちゃんとボタンも閉めて、マフラーもしてこいよ」
「わーかったよー」
「たくあんさん、まだこれタグついてるッスよ。このまま切っちゃうんで、静かにしててくださいね」
「ひーっ、キッチン鋏、怖っ! 足切るなよ? いや、やっぱり一回脱ぐから!」

 メガネくんもキツネくんも過保護すぎると思う。タグくらい自分で切れるだろうし、防寒管理は自己責任で良いじゃん。
 そうして無事に支度を整えた俺たちは、今年初積雪の景色の中へ飛び込んだ。5センチ以上はあるけど10センチまでは積もっていなさそう。とはいえ雪に慣れていない地域ではこれでも大雪と呼べるし、通行に支障が出るものだ。まず交通量の少ない路地から。このまま凍ったら明日の朝絶対転ぶことになる。四角いスコップを慣れた手つきで扱いながら、メガネくんが作業に取り掛かっていた。

「うへぇ、こりゃすげーな。ってか道路の雪さ。そのまま雪だるまにしちゃえば楽しいし道の雪減るし、一石二鳥じゃね?」
「いいッスね!」
「そうは言ってもだな、一応路面を出しておかないと確実に凍結して危険だからな。拓人は外に出ないからいいかもしれないが」

 道が凍ってたらきっと俺は歩けない。バイト先に辿り着けるかどうかも不安になる。

「それならあれッスね、外階段のところも、凍らないように雪落としておかないと。メガネさん革靴でしょ? 凍ったら絶対滑るやつッスよ」
「外階段、俺がやろうか」
「102さん、ありがとうございまッス! じゃぁ僕はメガネさんと道路やろっと」
「じゃぁ俺は路肩にたまった雪集めて雪だるま作ってるー」
「新雪にサンダル足で突っ込むなよ」

 外階段は意外と小さな動きで済む上に完全一人作業になるから、俺はハンドスコップで黙々と雪を払っていた。しばらくするとガチャッと音がして、遅れてきた住人の声が聞こえた。

「おはよう。雪かき、遅ればせながら合流するである」

 ござるくんだ。日曜朝のルーティンを終えて、部屋から出てきたのだ。

「ござるさん、テレビどうでした? そろそろ最終回なんでしょ?」
「白熱したである!」

 物静かなござるくんがヒーローの話をする時だけは嬉しそうに声が大きくなるのを、俺はなんとなく微笑ましく見ていた。

「二人でやると早いな。このくらい通路が確保できればいいだろう」
「やったー! じゃぁ遊びましょう! ござるさんもこっちきて雪合戦スよ!」
「いきなりであるか?」
「階段も通路確保完了ッスね!」

 お恥ずかしながら、通路確保程度だけど。

「102すまない。2階の通路もやってしまいたいのでな、階段が済んでいたらハンドスコップを貸して欲しいのだが」
「えっと、本当に通路確保程度だけどこれでよければ」
「問題ない」

 メガネくんはハンドスコップを受け取るとそのまま2階へ上がってしまって、手持ちぶたさになった俺は地上へ戻った。

「うわ……っ」

 道路から回収された雪たちがアパートの敷地内に散らかって、壁面にぶつけられた雪玉の残骸とか、土と混ざって汚くなった部分とか。そこで一際大きな雪玉を積み上げているたくちゃん。それから誰よりも元気に雪遊びに興じるキツネくん。今は日向荘の壁に雪玉をぶつけて遊んでいて、そこにござるくんも加わっていた。

「あ、102さんもやりますー? どれだけ強くぶつけられるかの競争! 壁に残った雪の量が多い方が勝ちッス!」

 なんだか原始的すぎないか。

「俺はちょっと疲れたからここで見てようかな」

 102号室の扉横の壁面に寄りかかりながらそう答える。

「そっか。102さんにぶつかっちゃたら危ないんで、ござるさん、こっちで雪合戦しましょう!」
「雪合戦であるか? 二人で?」
「うーん、二人じゃ物足りないスかね。メガネさーん、たくあんさーん! 雪合戦しません?」

 あれ? キツネくんの呼びかけに対する返事が一切聞こえない。二人はどうしたんだ。キツネくんも不思議そうにキョロキョロと確認している。

「雪だるま、であるか……?」

 ござるくんの視線の先では、たくちゃんが鼻歌を歌いながら積み上げた雪玉を満足そうに眺めている。デカいな。ネコの耳みたいなのまでついている大作だ。靴下、もしや雪でびしょ濡れなのでは? 逆に冷えるだろ。冷気にさらされた膝下は無事なのだろうか。手とか、真っ赤じゃん!

「あ! そーだ!」

 謎の鼻歌を歌いながら一旦103号室へ入ったかと思うと、すぐ何かを手にして戻ってきた。

「ひーげ、ひーげ、ねーこ、ねーこ♪」

 そして手にした何かを大きな雪玉に次々ブッ刺した。

「ヒェヤーッハッハッハッ! 完成ー! 見ろ! 最高傑作のヤマダくんだーっ!」

 あぁコレ、昔この辺に遊びにきていたという白猫のヤマダくんだったのか。……いや、そんなことより。

「え。たくちゃん今、何刺した?」
「ねこのひげでしょー? どこからどう見ても、あの雪だるま猫型じゃないッスか!」
「あんな細い素材、あったであるか?」
「細い素材ッスか?」
「しかも黒っぽい、ヒゲにうってつけな……あ」
「「「箸!」」」
「箸なんか雪だるまに刺したらメガネ氏が嘆くである」
「メガネさーん、困ったッス! たくあんさんったら……メガネさん?」
「えー……何してんだあの人まで」

 二階の通路では、しゃがみ込んだメガネくんが返事もせず、黙々と小さな何かを並べている。柵側へ几帳面に並んだ小さなあれは……

「雪だるま、であるか?」

 小さな雪だるまの集団だった。手乗りサイズ程の雪だるまが、等間隔で綺麗に並んでいる。黙々と作り続けるメガネくんには、俺たちの声など聞こえていないようだ。通路の雪かきは?

「雪だるま組は放っておきます?」
「……そうであるな。時間の使い方は人それぞれである」
「……(そういう問題なのか?)」

 このアパートの住人達、フリーダムが過ぎるだろ……!

[第14話『いつもの?日曜日』完]


【参考の過去話】

▷開かずの押入れをみんなでガサゴソした話
第11話『気温20度、何着る?』

▷たくあんが白猫のヤマダくんを思い出す話
第10話『日向荘の猫?』

▶︎次回の更新は2月14日(水)20時頃です。
2月の活動スケジュールは1月28日頃発表いたします!

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最後まで読んでいただきありがとうございます!