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no.15/もの恵む人々【日向荘シリーズ】(日常覗き見癒し系短編小説)

【築48年昭和アパート『日向荘』住人紹介】
101号室:ござる(河上翔/24歳)ヒーロー好きで物静かなフリーター
102号室:102(上田中真/24歳)特徴の薄い主人公。腹の中は饒舌。
103号室:たくあん(鳥海拓人/26歳)ネット中心で活動するクリエイター
201号室:メガネ(大井崇/26歳)武士のような趣の公務員
202号室:キツネ(金森友太/23歳)アフィリエイト×フリーターの複業男子
203号室:(かつて拓人が住んでいたが床が抜けたため)現在封鎖中

※目安:約4200文字

「この豆、いつまで残ってんだよー」
「さあな」
「結構な量だったであるからな」

 豆。今月の初めに、キツネくんがバイト先でもらってきた豆だ。時期的に福豆、いわゆる節分の豆まきに使われるような豆なんだけど。経緯はよくわからないけど複数の人からもらったらしい。以前大容量の洗濯機を譲ってもらった頃から、俺たちがアパートの住人同士という関係以上に交流があることがバイト先では知られている。だからなのか、キツネくんがお菓子や野菜のおすそ分け、旅行のお土産まで頂いて帰宅することもしばしば。先日もそういう流れで「みんなで豆まきでもしてね」ともらってきたようだ。

「張本人のキツネはバイトか」
「いつもより遅いであるな」

 確かに。毎週水曜日のシフト通りだと、大体17時半頃には『だだいまッス〜』なんて元気に103号室へ直帰してくるのだ。今は18時を回り、メガネくんが夕飯の下準備を始めている。

「だだシフトが長引いているだけなら良いのであるが」
「19時くらいまで待つとするか」

 準備の手を止めずにメガネくんが言うと、たくちゃんも「んー」と相槌を打った。キツネくんはしっかり者だけど、ここでは最年少ということもあって何気にみんな心配している様子だ。実はそそっかしかったり危なっかしいところもあるから、連絡ないまま帰りが遅くなれば少しは心配にもなる。

「それにしても、キツネはバイト先でずいぶん可愛がられてるんだなぁ。食いもんいろいろもらってくるし」

 ふと、たくちゃんが呟く。たくちゃんだって可愛がられてた側の人間みたいな印象があるけど……違うのか?

「でもさぁ、いくらなんでも『みんなで豆まきしてね』の量じゃねーしこれ!ッギィェッギィェッギィェッ!」

 豆を投げつけられる側みたいな笑い声をあげた後、豆をひとつまみ口に放り込んでポリポリと良い音を立てた。

「野菜のおすそ分けとか、キツネ氏のコミュ力はまるでベテラン主婦さながらである」
「あぁ、あれは助かる。俺には真似できん」
「俺だってムリよー」

 バイト先のスーパーには、主婦の方がたくさん働いてるからか、元々の性格も相まって良い感じに馴染んでいるらしい。お姉さんがいるって話していたし、育った環境もあるのだろうか。それを言ったら俺も妹がいるし……やっぱりキツネくんの素質だな。俺には無理だ。

「さてと。ひとまず下ごしらえが済んだから、キツネが戻るまで少し休憩としよう」
「連絡ないであるし、急にシフトが延長でもしたのであるか……」
「そーいうもんなのか。バイトって大変なんだなぁ」
「トラブルでもあったのかな」

 そんな心配をしながら雑談をしていると。

(コンコンコン……ガチャッ)

「たーだいまッス!」

 噂をすればなんとやら。突然元気な声が玄関に響いた。

「おー! おかえり!」
「少し遅かったが、何かあったのか」
「ジャーン! 今日は、これッス♡」

 キツネくんはそう言うと、それまで背後に隠し持っていた手提げの紙袋をテーブルの上に乗せた。

「……どうしたんだ、これは」
「これをね、まとめてたら時間かかっちゃって」
「……これは何であるか」
「何って、チョコとか、お菓子とかッスよ!」
「もしやまたバイト先で貰ってきたのか!? やるなキツネッヒーッヒヒヒッ!」
「なんでこんなに?」

 俺が疑問に思うのも無理はない。薄いピンク色の紙袋に、ここから見えるだけでもかなりの菓子類が詰め込まれているのがわかる。

「なんでって102さん、今日は2月14日。バレンタインデーじゃないッスか!」

「「「「……………ぁあ…」」」」

 あまりにもピンとこなくて、それぞれがボケっとした表情のまま声を揃えてしまった。

「キツネ氏、こんなにバレンタインのチョコをもらってきたであるか。すごいであるな」
「いやいや、違うんスよ! またアレです。みんなで食べてね系の」
「「「「……なるほど」」」」
「っていうか、みなさん職場でもらったりしなかったんスか?」
「役所は何かとうるさいからな。職員同士の物品の授受はほぼない。個人的には知らんが」
「そんなもんなんスかねぇ」
「俺のところも、特にないかな」
「へぇ。一般企業なら普通にありそうスけど、ハラスメント対策ッスかね」
「僕のバイト先はもともとそういった雰囲気ではないである」
「まぁ、そういう職場環境もあるッスよね」
「俺はいつも家の中だし?」
「……確かに……でも! 言うて僕も、残念ながら個人的には一個ももらえなかったです! だからね、これみんなで分けましょうよー!」
「ラッキー! 何ー? すげーいろいろ出てくんじゃん」

 なんだかんだ甘いものが好きなたくちゃんは、キツネくんが紙袋から取り出していくお菓子をその手ごと、まるで子供みたいに目で追っている。

「それにしてもすごい数だね」
「でしょ? いつもの野菜とかお菓子とかのおすそ分けをくれる船橋さんが、僕がシフト上がった時に来て『みんなで食べてね』ってくれたんスよ。それがこれ」

 キツネくんは言いながらスーパーで売っている中でもちょっと高級そうなチョコレートの詰め合わせを取り出した。

「『5人いたらあっという間になくなっちゃうわねぇ』って言ってくれたッス。一番甘党なのはたくあんさんですけどね」
「まぁなーヒヒヒ」
「そしたらね、『あ、私も友太くんにあげようと思ってたのよ〜。アパートのみんなで仲良く食べてねぇ』って別のパートさんがくれて」
「再現の圧が強いであるな……」
「更に『あなたたちそんな事して! 持ってきても良いなら私も持ってきたわ! ちょっと待っててね今買ってくるから』って売り場に戻る人まで現れちゃってね」
「なんだそれは」
「船橋さんがくれた紙袋が大きくて良かったスけど、スタッフルームにやってきた人とかが次々お菓子くれたもんで」
「……とりあえずまとめて持って帰ってきたという訳か」
「そんなとこッスね」
「何はともあれ、キツネ氏に好感度がないとこうはならないであるが、好意を持ってもらえるのはありがたいであるな」
「ありがたいッス!」
「モテモテじゃねーか!」
「……そういう感じじゃないと思うんスけどねぇ?」

 そうだよな。こうやってキツネくんにいろいろおすそ分けをしてくれる人たちは、少なくとも何かしらの好意を持ってくれているという事なんだけど。でも、好意って言ったってどうせ……。

 子供の頃に受けた大人からの好意。与えられたもの。俺を透かして実は違う何かを可愛がっていた笑顔。そこへ無邪気に信頼を寄せても、本当の自分の経緯を知った時の空虚感は絶望的で。自分と周囲の温度差に、いっそ自分の温度を下げればなんて……だめだ、今思い出すようなものじゃない。それに、俺はここで変わろうとして家を出たのに。

「……102氏、どうしたであるか」
「あ、いや別に。ごめん大丈夫」

 気付いたらみんな思い思いに袋の中身を物色していたから、俺は慌てて頭の中の嫌なものをかき消した。

「ん? なんだこれ? おもちゃ? お菓子?」
「これはヒーロー系の食玩であるな」
「ショクガン?」
「おもちゃ付きのお菓子である。まあ、もはやどちらがメインかわからないようなものも増えてきたであるが」
「へぇーえ」
「あ、それござるさんにあげますよ」
「いいのであるかっ!?」
「おや、キツネの名前が書いてあるぞ」
「え? 何がッスか?……はあっ!?」

 先ほどの食玩よりは若干大きめだけど、丁寧にラッピングされた小さな箱には……

《金森くんへ》

 これは……キツネくん個人宛てなのでは……? 無言のまま、みんなの視線がキツネくんに集中していく。

「え? ちょちょ、ちょっと待って! 何スか? 僕全然気づかなかったんスけど!」
「きっと、どさくさに紛れて紙袋に入れたであるな」
「マジすか! こんなんあかんやつだがやー、もーやだーっ! え? 誰っ?」
「俺が知るかよー」
「差出人の名前くらい書いておいてほしいッス!」

 箱の表面をみんなで確認したけど、キツネくんの名前以外は何も書いてなかった。

「心当たりはないであるか」
「分からんッスよー、だって僕シフト上がってから、なんかいろんな人がスタッフルームに出入りしとったし? それこそ普段シフト被らん人とかもおったでーぇ、分 か ら んって!」
「何もそんなに取り乱さなくても良いだろう」
「そんなね、モテ慣れとるような人には分からんでしょうけど、僕はこんなの初めてなんですわ。そら取り乱しますって!」
「そーんなもんかねー?」
「たくあんさんだってね、どうせ僕の気持ちなんてわからんでしょう?」
「わかんねーけど、俺だってそんなふうにもらったことなんてねーよー」

 そうなのか。

「でもあれだな、キツネは明日から聴き取りでもなんでもしてその送り主を特定し、お返しをしないとだな」
「お返し……ッスか?」
「ホワイトデーだ」
「ひっ! そうだった」
「うわーめんどくさー、がんばれよーキツネー」
「みんなで食べてねの袋に入ってたんスから、皆さんも一緒に特定してくださいよー」
「キツネのバイト先の人なんてわからないんだから無理だろー?」
「第一その一点に限っては、明らかにキツネ宛てだからな」
「キツネ氏が誠意を持ってお返しするである」
「皆さんだってウチのスーパーでお買い物するじゃないッスかー! 見覚えとか心当たりとか!」
「でも俺、店員さんまで確認してないし……」
「えー102さんまで! こういうの結構めんどそうじゃないッスかー。いや嬉しいッスけどね?」

 へぇ、面倒くさいんだ。不意に漏れた本心にクスッと笑ってしまって、またキツネくんを怒らせてしまった。

「ほら、良いかげんメシにするぞ。今日の夕飯はチョコにするのか、それともキムチ鍋にするのか」
「味覚が両極端である……」
「もーっ! じゃあ、僕とりあえず鍋!」
「だよな! 甘いもんは別腹だしな!ヒャヒャヒャ」
「僕は食後にこの食玩を頂ければ満足である」
「……俺も、鍋で!」


[第15話『もの恵む人々』完]

▶︎次回の更新は3月!
3月の活動スケジュールは2月28日頃Xにて発表いたします

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