サブリミナルレター#05


3stシングル「恋文」は結果的に言うと惨敗だった。

でも大袈裟な言い方だが世界同時時刻ジャックは
異例の試みとして大きな反響を呼んだ。

FC加入者数およそ12万人。

ミリオンセールスを記録したこともある僕たちだけどその1割。

反響と言っても良くも悪くもと言ったところだ。

【Moon Raver はファンを捨てた。】
と囃したてるメディア。

スタッフからは
匿名掲示板でも似たような書き込みが横行していると聞いた。

でも当の僕たちメンバーは僕のマンションに集い
祝勝会とでも呼ぶべきか、状況に酒に酔いしれていた。

「もしかしてFC外CDの隠しトラックに誰もきづいてないんじゃね?」

シンラ声が大きいぞ。とトキオが諭す。

「聞こえるわけないだろ。完全防音仕様のこの部屋で!
逆にあっちの方がレアなのにな。」

「30分弱のところで逆再生する人間の方がレアだろ。普通に聴いたら
ただのノイズだろ。」と僕がいってもシンラは笑っている。

トキオも続く。
「しかも4分の1倍速でやっと等倍になるんだぞ。」

シンラはワイングラスを傾けながら言う。
「でもさ、俺たちが思いつくんだから、届く人には届くかなって
それでもいいって、満場一致だったろ?三人しか知らないけどさ。」

そこには三人が同時に「大好きだよ。」
と喋っただけのメッセージ。


「俺たちはお金のためだけに演ってるのか?違うだろ?
いまとなっては数字も必要かもしれない。ここから大コケかもしれない。
でももうすでに、どこかの誰かがいま部屋で皿をクルクル回してくれてる。
1発でも当てることが難しいこの世界ではもう充分とも言える。
ただ三人で鳴らすのが楽しかった。俺一人じゃ絶対無理だった。
たった一人でもいい。それが100人、1000人、何人だろうと全力で鳴らす。
そうやってここまできた。来れた。
セールスとは裏腹に悪況かも知れないけど、名前は
どんどん歩いていってる。ピンチはチャンスなんて言葉もある。
苦しいこと、辛いこと、それだって生きてなくちゃ味わえない。
傷みを知ってる人間が、傷んだ人の心に光を宿す。
悩めるだけよくね?迷えるだけよくね?
酸いも甘いも知る前に尊い命がいま、どれだけ消えてる?
俺たちなんて恵まれすぎてる。好きなことで得た貨幣でチロルチョコ何個
買える?ワイン何本開けられる?ガチャガチャ何回、回せる?
学校のない土地に教育機関を作るのだって夢じゃない。
何度も何度もこんなこと話したかもしれないけど,、、。」

シンラの泪がワイングラスに零れた。

「音楽は世界で唯一の共通言語。」

トキオがシンラの肩に手を置いて撫ぜるように言う。

いつだってそうだ。シンラの一見、軽そうに見えて実は熱い心が
僕たちは大好きで一緒に苦楽を共にしてきた。

その想いを乗せた声がいつも心を震わせてくれた。


そこから僕たちはただ閑静な夜の帳の中に沈んでいった。




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