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久美子

「久美子さん。 僕と 結婚してください!」

どうやら僕は、久美子という女性にプロポーズをしているようだ。
高校3年の秋にふと見た夢が時々僕の頭を掠める。
肝心な彼女の顔はモザイクがかかったように覚えていなく、どこの久美子さんなのか全くもって検討がつかない。
ちなみに、クラスメイトにも”久美子”という名前の女子はいない。
今時期は皆、進路のことでピリピリしている時期でもあるので、正直恋愛にうつつを抜かす余裕は無かった。

僕はといえば、県外の専門学校への進路を決めていて願書を出せばほとんど受かったも同然の状態だった。
そんな生徒の大半は、自動車学校に行って運転免許を取りに行くというのがお決まりのコースだったので、僕も現在自動車学校に通って、車の実車による研修や学科に勤しんでいる。

今日は、仮免を取るための試験日。
教官の指示に従いコース内で何個かの課題をクリアしなくてはならない。試験では同じくらいの進捗状況の生徒と一緒に車に乗りこみ、互いの試験の様子を見せ合うような状況になる。今日の試験では他校の生徒らしい女子生徒と僕2人で行うようだった。

「じゃあ2人とも乗ってください。スタート地点まで行ったら、高田くんから始めます。
その後に、後藤さんね。」

僕らは後部座席に乗り込み、コースのスタート地点へ向かう。


「じゃあ、高田くんからね。」

決して車の運転に得意意識は無いものの、割と難なく課題をクリアすることが出来、終了を迎えた。

「はい、お疲れさん。 次は、後藤さんと交換ね。」

僕は後部座席に乗り、彼女は運転席へと乗り込む。緊張が解けたのもあってか、僕は少しばかり教官の持つバインダーに挟めた考課表に視線を向けた。
彼女の名前が見えた。


“後藤 久美子”


ん!? くみこ!?
忘れかけていたあの夢の中の女性を思い出す。
“久美子”の名前に少しばかり運命を感じた自分があまりにも浅はかだとは思ったが、急に胸の高鳴りを感じている自分の単純さに呆れてしまう。以前まで意識もしなかった同級生が夢に出てきて次の日から急にその子が好きになっちゃう症候群だ。夢の中の久美子さんの顔は分からないが、なんだろう、この胸の高鳴りは・・・。


「はい、終わりぃ。 2人ともよくがんばったね。お疲れさん。結果は、今日中に貼り出されるから見といてね。」

教官のドライな労いの言葉が浮ついた僕を少しだけ現実に戻してくれた。

「あっ、ありがとうございました。」

と僕だけが言葉を返す。久美子さんは、軽くお辞儀を返しただけだった。

「受かるといいね。私、ちょっと自信ないかも。」と彼女の声が聞こえる。

「あっ、そうなの?! 余裕そうに見えたけど。」

そんな会話のやり取りがなんとも心地よい。
じゃあまた結果分かったら、と互いに挨拶をして離れる。
これまで恋愛に縁の無かった僕にようやく訪れた春がこんなに暖かいものなんて夢のようだ。結果はお互いに合格だった。互いにおめでとうを言い合う。楽しすぎる。僕はダメもとと思い彼女に連絡先の交換を申し出た。答えは、OK。まさかの進展に僕は仮免合格よりも喜んだ。


それから7年。
僕らは、恋人としてお付き合いしている。
夢のことは、とうに忘れていた。

その年のクリスマス。
僕らは愛車で、この街で美味しいと評判のフランス料理店のディナーに出掛けた。
安月給の僕にしてみればかなり背伸びしたことをしているが、今日といういう日はそのくらい大切な日だった。
ハンドルを持つ手が汗ばむ。
なぜなら、結婚のプロポーズをすると決めていた。


食事を終え、会計を済ませる。流石に普段行かない店をとった僕のはからいに彼女も何やら察しているようだ。どこかよそよそしい。

「役所前がライトアップされているらしいんだけど、見に行ってみない?」

「うん。いいね。」

愛車を走らせる。途中コンビニに立ち寄り、コーヒーとカフェラテを買う。
いつもは熱すぎて唇を火傷することが多いコンビニコーヒーも、その日は飲みやすく感じるくらいに冷え込んでいた。
空気が澄んでいて、街の灯りがいつもより鮮やかに見える。
事前に調べていた役所前の駐車場は空いていて、スムーズに停めることができた。

僕らはベンチに腰掛けて、ライトアップされた建物やクリスマスイルミネーションを楽しんだ。
他愛もない話をしている間に少しずつ自分のリズムをいうものが生まれてくる。次の会話が途切れた時に、言おう。

そして、

その時が訪れた。

僕は立ち上がり、
彼女から少し離れた位置まで行き、
彼女の方に振り返る。
彼女の表情に緊張感が走る。
だが、どこか嬉しそうだ。


「久美子さん。 僕と、 結婚してください!」


この言葉を言った瞬間、デジャブを感じた。
この光景、どこかで見たな。

すると彼女は立ち上がり、まっすぐな視線を向けた。

僕は、彼女の言葉を待った。





「高田さん・・・。 


 
 
 正解ですっ!!」



「えっっ?!」


すると、どこからか聞いたことの無いふざけた音楽が流れた。
そして、どこからともなく大勢の人々が現れたかと思うと、そのふざけた音楽に乗せて踊り出すではないか。
これは何なのか。確か、フラッシュモブというやつか?





「久美子、これは一体・・・」




「高田さんっ!見事クリアです。夢で出会った運命の人 『”久美子” を探す旅』。

 あなたは、見事に探し当てました!
この度のクリアによって高田様には、3万ハートのポイントが贈呈されます。次のゲーム購入に使うことも出来ますし、指定の通販サイトにてポイントを使用してお買い物ができますのでどうぞお使いください。」

そして、ふざけた音楽が徐々にエンディングを迎える雰囲気を醸し出した。“GAMEOVER”の文字と共に冬の空に大きな花火が上がった。






「はっ!」

目を開けると、ベットに横たわっていた。体を起こすと頭の上に白い目覚まし時計のような機械が置かれている。少しずつ記憶が蘇る。
新しい体験型恋愛ゲームを購入し、それをプレイしていたことを思い出した。
近年の恋愛ばなれの加速化で、人と人との交流に億劫さを感じる若者が増え、ヴァーチャルな恋愛ゲームの進化は凄まじかった。“擬似恋愛”ゲーム市場はどんどん拡大していた。流行りに乗って購入したゲームだったが、終わってみると今までの”久美子”がゲームの中だけの出来事だと思い知った喪失感がとてつもなく僕を切ない気持ちにさせた。


久美子に会いたい。


その想いから、僕は唐突に教習所を調べ始めた。
在宅ワークが主流のこの時代。
生活用品の買物や病院受診までもがネットで済んでしまう時代。
車の運転が出来なくても生活が成り立つ時代。
しかし、ゲームで感じた熱を帯びたアナログな感覚に愛おしさを感じ始めている。見つけた教習所は、ゲームで得たハートポイントが使えるらしい。早速入学手続きを始めた。



 近年、車の必要性が下がったこともあり経営が下火となっていた自動車学校に入学する男性が急増した。この社会現象からこんな言葉が生まれる。


『 久美子入学 』

この年の流行語大賞にもノミネートされ、”久美子”との出会いを求める男性がハートポイントの使える自動車学校に押し寄せた。
ゲームをクリアしていなくても、久美子情報ばかりが一人歩きし、まだ見ぬ久美子に会いたい貪欲な男どもがこぞって自動車学校に入学していた。
そのほとんどというか全てが、何の出会いもなく免許を取り終えた。彼らの行く末はどうなるのだろうか。まさしく、その一人が僕である。


あぁ、久美子。

君に会いたい。

一体、
この車をどこに走らせれば良いのか。

教えてくれ、久美子。




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