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人外の彼女

「実は私は人間じゃないの」

3回目の結婚記念日。奮発して予約したちょっとだけいいお店でディナーを終えて、彼女は静かにそう言った。彼女の声、雰囲気、それが冗談で言っていることじゃあないことはすぐに分かった。

学生時代に派遣のバイト先で知り合って、そこから数年越しにSNSでたまたま繋がったのがきっかけで付き合うことになって、それで結婚したのが彼女だった。出会ってから12年。確かに彼女はまるで彼女の周りだけ時が止まっているかのように全然変わらなかった。しかしまさか人間じゃなかっただなんて。そんなことは思いもしなかった。

そう言われてみれば思い当たる節はある。親族が誰もいないからと結婚式を固辞したことも、籍は入れずに事実婚でいいじゃないと言ったのも、今思えばそういうことだったのだ。初めてのデートで渋谷に映画を観に行った時も、人混みに苛立った彼女は「愚かなる人間どもめ」と言っていた。あれも冗談じゃなかったのだ。生まれた地方の風習だからと言って時々手づかみで生肉を食べるのも、背中にある鱗も、怒ると犬歯が牙のように伸びて白目が真っ赤に染まるのも、彼女が人間じゃないのだとしたら全て合点がいく。出会ってから12年、付き合いだしてから5年、結婚して3年、彼女はずっと自分が人間じゃないことを僕に隠していたのだ。僕は裏切られた気持ちになって悲しかった。

レストランからの帰り道。深夜の公園で、彼女は初めて彼女の真の姿を僕に見せてくれた。牙と爪は長く鋭く伸び、背丈はゆうに2倍になり、背中の肉を突き破って生えた2枚の翼は月明かりを浴びてぬめぬめと赤黒く光っていた。それは僕が見たこともない、異形の美しさだった。

彼女が最初の子供を妊娠したのはどうやらその夜だったらしい。あの夜からももう10年になる。僕は美しい妻と、可愛い3匹の子供たちと、幸せに暮らしている。

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