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夏は嫌いだ。

 夏は嫌いだ。
 命の輝きと、その耳をつんざくばかりの主張に、気がめいりそうになるから。
 照り付ける日の光に、心の底からの吐き気を混ぜて、湿り気と、空虚を、はにかんだ笑顔で誤魔化しながら、大きく二、三度息を吸う。するとどうだ。今度は、どうしようもない淋しさに駆られるのだ。
 ヒグラシの声が何度も何度も僕のことを内側から壊そうとしてくる。まるで、僕の中にある生きる意志を否定するかのように。あの都市のビルの中に住んでいる、無関心な人々の声を体現するかのように。僕は木についていた一匹を引き剥がし。順番に羽をもいだ。
 羽が無くなった後は、腹を割った。何とも言えない汁が、体液が、あたりに散乱した。あぁ、黙れよ。僕は心の中で言った。口に出すほどの勇気はなかったのだ。こいつも同じだ。騒ぐときは騒ぐくせに、口にすることはできないのだ。お前たちもそうだろう、と、僕はこの空を埋め尽くすヒグラシたちに言った。カナカナカナ、と返事が返ってきた。奴らは嬉しそうだった。

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