あれはマウンティングだったと勝手に納得して勝手に楽になった思い出

「マウンティング」って比較的最近言われ始めた言葉のように思う。
もちろんそういう言動をする人は昔からいたと思うが、それを「マウンティング」っていうんだよというラベルは、私が学生時代にはなかった。

高校時代のクラスメイトの一人が、当時私にとったいくつかの言動が、記憶の片隅にずっと残っていて、時折思い出されて「あれはなんだったんだろう」「なんであんなことを言われたんだろう」と思うことがあった。
それらが「マウンティング」という言葉を知った時に、ああそうだあれがマウンティングだったんだな、と唸りたくなるほど腑に落ちた。

彼女は高校一年生の時に同じクラスだった。
中学校も遠方だったし、それ以降同じクラスにもなっていないので、「友達」だったのはおよそ1年ちょっとぐらいのものだろう。

忘れもしない入学式の日、帰る準備をしていた時に声をかけられた。
エレクトーン習ってる?と。
何で知っているんだろうと思いながら、肯定したところ、彼女はやっぱり!とすごく嬉しそうに笑った。
「私、ファンやねん!一緒のクラスになれてうれしい!」

ものすごく戸惑ったことを鮮明に覚えている。
今なら「ありがとう」の一言で済ませられたのだろうが、初対面の――少なくとも私にとっては――相手にまだそんな器用なことができるほど大人ではなかった。
私の戸惑いが伝わったからか、彼女はいろんなことをまくしたてていたように思う。覚えているのは、私が中学時代、発表会やコンクールの時に所属していたアンサンブルグループを好きだということ、彼女も習っていて毎回私たちのグループの直後に演奏するグループに所属していること、それを聞いた私が戸惑ったまま、「ごめん、全然知らんくって」と言ったこと。それに彼女は「そうやんな!」と笑ったこと。

私があんまり他人に興味がなかったのが悪かったのだろうとは思うが、同じくらいの年齢のピアノが上手い人、エレクトーンが上手い人、つまりはコンクールで優勝していたような人たちの名前を全く知らなかった。
それに、今はどうかわからないが、当時学校で「エレクトーン習ってる」といったところで、エレクトーンが何か通じなかった。
それもあって、私は中学生の頃、学校でアピールしたこともなかったし、話したこともほとんどなかった(仲が良い友達は別として)。音楽が得意であることは、吹奏楽部に所属しているという事実で伝わっていたし、他所の学校の子のことを全く気にしていなかった。

発表会でもコンクールでも、自分が他のメンバーに迷惑をかけないこと、失敗しないことだけが命題で、あんまり自分と直接的に関係がない参加者の名前を見もしていなかった。
加えて、ホールでの演奏だったため、直前のグループの演奏は舞台袖で聴けるが、直後のグループは舞台からはけてロビーで曲が終わるまで待機していたから、ちゃんと聴くどころか顔を見られる環境にすらなかった。

……ので、本当にそのクラスメイトのことは認識していなかったし、高校に入ってから初めて、「何組の〇〇さんはピアノのコンクール優勝常連」「△△くんも別のコンクールで優勝してた」とか、その当人と同じ中学でもないのに把握している人たちがそれなりにいて、名前が広まっていることを知った。

私個人で言えば特に賞になんかかすりもしないレベルだったので、「なんで知られてるんだ怖っ!」という感想が真っ先に来たが、その日の帰路、よく考えたら「グループのファン」という話なんじゃないかと思った。まあ考えるまでもなくそうなんだけれど、びっくりしすぎていたんだと思う。入学式で緊張もしていたし。

私は同い年で地区で一番上手いと言われていた人や、何歳か年上でかなり本気でエレクトーンをやっていてズバ抜けた実力を持っていた人たちと(なんでかわからないけど)組ませてもらっていたので、アンサンブルというカテゴリーだけででは、賞も取ったことがあったしコンクールもファイナルまで進んだ経験もあった(これはまた別で書きたいことがあるのでいずれ……)。
となると、知られていてもおかしくはない、のか……まあなんでもいいや、ファンがついてたのかーやったなー嬉しいなー、などと無邪気に当時は喜んでいた。喜んじゃっていた。

ただ、なんとなくどこか違和感があったから、ずっと大人になっても(今に至るまで)気になっていたのも事実ではあった。

「マウンティング」という言葉を知って、あれはそうだ、これは違うっぽいとかなんとか、その言葉で括られる言動を学んだ頃、ふと彼女のことをまた思い出したときに、「あっ!あれってマウンティングだったんでは!?」ということに思い至った。

当時の発表会やコンクールの演奏順が実際どうやって決まっていたかは知らないが、年齢順だったと私は思っている。
アンサンブルは複数人いるわけなので、多少前後することもあったとは思うが、おおよそ年齢順だったと思う。
そして大抵、年齢が高いグループの方が上手い。
だから会の最後に進むにしたがって、だんだん上手い人たちの演奏になっていった。

つまり、私たちのグループの「毎回直後だった」んだというアピールは、私たちより本当は上手いんだよというアピールにも取れなくはない。
なにせ、私はグループの中で唯一といっていいほど無名だったから、アピール相手としては最適だろう。

それに思い至って、なるほど納得!と思った。なんとなく抱いていた違和感。それが「マウンティング」であり、「アピール」だった。
そう考えたらとても納得できてしまった。

単に、入学式当日に真っ先に同じクラスになったのを発見したからといって、初対面でいきなりそういうファンですとか伝えるという考えが私にはなかったからかもしれない。そうであってくれたらいいなとは思うが。

これが一番ずっと引っかかっていたことではあるが、彼女からの所謂「マウンティング」の思い出はもっとわかりやすいものがいくつもある。

当時好意を寄せていた男子が多分同じだったから(彼女の気持ちを聞いていないから憶測になるけれど)というのが大きな理由なのではないかと思っているが、ふとした時にその男子と何を話したか、どんなことを一緒にしたか、いちいち報告してくれたものだったし(頼んでない)、私が見ている前で仲が良いよというアピールもあった。私が高校でエレクトーンを辞め、部活も音楽系には入らなかったから、音楽のことでもアピールされた。

極めつけは、忘れもしない大学4年の夏のことだ。
私はその男子のことを高校卒業後どころか、今でも若干引きずっているぐらい引きずっていた(もはや執着だよ気持ち悪い)。
大学時代なんかまだ、もうそりゃあズルズルだった頃だ。

私は大学進学で地元を出ていたし、一応携帯はすでにあったとは言えども、卒業後、高校時代の友達と連絡を取ることも稀だった。
大学を卒業しても地元に帰る気もなかったので、地元近辺で就職活動はほぼしていなかったが、諸般の事情でどうしても受けなければいけない採用試験があった。

リクルートスーツを着込んで電車に揺られて試験を受けたその帰り、平日のド田舎、ガラガラの電車の中で彼女に声をかけられた。
見知った人を見かける可能性については覚悟していたが、声を掛けられるとは思っていなかったので、その時もすごく驚いたことを覚えている。

最初は他愛もない話をしていたようにも思う。細かいことは覚えていない。
ただ、しばらく話して場がほぐれた頃に、彼女が言った。
「〇〇くんと連絡とってたりする?」

私は無駄にプライドが高いところがあると自覚をしているし、その時はまだ若くて今より格段に見栄っ張りだったので、必死に動揺を悟られまいとして答えた。「……誰やっけ、覚えてない」と。
多分、悪手だったろうと思う。
高校生当時、私が同じ相手を好きだったことはバレていただろう。その相手を覚えてないと言う。どう見ても強がりだ。自分でも言ってから瞬時にマズかったなと思った。案の定だった。
彼女は、「ええー?ほんまに!?1年ときおんなじクラスやったやん!」と言って、彼女や他の当時のクラスメイトの女子(その子も同じ相手が好きだったという噂のね!モテモテだな!)と、一緒によく飲んだり遊んだり今でもしてるよ、と嬉々としてしゃべりだした。

うん、そう。へえ。どんな子やっけ。ほんまにあんまり覚えてなくて。地元離れたら忘れるもんやな。
動揺を抑えて、相槌を打ちながら、とぼけ続けた。
でもそれも、彼女の私に「勝った」というアピールを加速させた。
気分が悪かった。自分がヘタを打ったこと、打ち続けていることにも、耳障りな声にもイラついた。
そして、高校の3年間にプラスして大学の4年間、私が遠くの地に行ってまでもでズルズルと引きずっていた気持ちを、嬉々として踏み台にされていることにも。なにせ当時の私は相手がどの大学に進んで、どのあたりに下宿しているかすら知らなかったのだから。
一緒に遊んでいる?どうぞご自由に。お前があいつと遊ぼうが飲もうが知ったことか。私は知らないままでいい。うるさい。黙ってくれ。私に勝ったことがそんなに嬉しいか。……そう思うことが、相手を喜ばせることだというのに。

どうやってその会話を終えたのか覚えていない。
気が付いたら彼女と別れていて、それっきり会っていない。
ズボラなので私はまだ彼女の当時の携帯電話番号は消していないけど。どうせ番号なんか変わっているだろうし、苗字も変わっている可能性が高いんだから消してしまえばいいのにね……

この採用試験帰りの電車の中での記憶は、紛うことなく「マウンティング」だったと思う。
高校時代の些細な諸々に加えて、これがあったから、「なーーるほど!私は彼女からマウンティングされてたんだ!」とめちゃくちゃ腑に落ちた。

というわけで、それならば冒頭の入学式の後のあのファンです発言もマウンティングだったのでは!?と考えることとなったし、少しすっきりした気に勝手になっている。

いや、もしかしたらそこだけは違うのかもしれない、と繰り返したくなるのは私が信じたくないからかもしれない。
入学初日からマウントしてくるか?という気持ちもあるし、本当に私たちの演奏が好きだった、そうであってほしいと願う気持ちを捨てきれない。
だって、好きだって言われたら嬉しいもん。その時にうっすい反応を示したせいで、私にアピールしまくってきたのかもしれないし……私が覚えてないだけで、会場とかで何かしちゃって一方的にライバル視されてたのかもしれないし……それだったら悪いことしたなあ。

まあ、今となってはね。さすがに当時好きだった相手への、私の気持ち悪い執着も薄れてきているから、あの時変な意地を張らないで、「えー!今でも遊んでるんだー!今度帰省した時にでも一緒に飲みたーい!連絡先知りたーい!」と言っておけば良かったのにと、呑気に思ったりもする。
ああ、でも冷静に考えたら、高校時代から自分を好きだというアピールしてくる女子に囲まれて飲み会してる男も気持ち悪いな。混ざりたくねぇーー!
やっぱり知らんフリしておいて正解だったかも。

実際のところ、他人の気持ちなんてわからないから、全部私の被害妄想かもしれないし、半分以上は憶測でしかないので、実際のところはわからないけど、「昔言われたりされたりした、なんか引っかかる気持ち悪かったこと」が「マウンティング」というラベルを貼ったことでスッキリしたことは事実だ。

真実を追い求めたってもう答えなんか出せないんだから、しんどい記憶にラベルを貼ることで私が楽に過ごせるんなら、それはそれでいいんじゃないかなーと思う、そんな話。

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