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脱北外交官は語る (前)

先日、北朝鮮の元外交官で今は韓国の国会議員となった太永浩(テ・ヨンホ)さんとの懇談会(@東京都内)を取材しました。

筆者撮影

またもや弾道ミサイルの発射実験を行うなど何かと世を騒がせる北朝鮮、その政府中枢にいた彼の話は多くの示唆に富んでいたので、2回に分けてお伝えします。


太永浩さんとの、ちょっとした縁

実は、私は太永浩さんとは関りが少しばかりあります。

北朝鮮の在イギリス大使館の公使であった彼が亡命を決行したのは2016年のこと。
当時、私はNHKのソウル支局長でした。久しぶりの北朝鮮政府高官の亡命劇ということで大きなニュースとなり、「ちゃんと韓国にこれるのか?北朝鮮に阻止されやしないか?」と関心が高まったのをよく覚えています。

結局、韓国はじめ複数の国の支援で太永浩さんは家族とともに無事に韓国に入ることができたのですが、それからしばらく、消息が途絶えました。情報機関の国家情報院が、彼や家族を対象にかなり綿密な聞き取り調査をし、また、韓国定住に向けた諸々の準備にあたったためです。
その後、少しずつ彼の肉声が韓国メディアを通じて流れるようになり、かの国の権力構造、とりわけ最高指導者・金正恩総書記の権力を支える秘密資金についての解説などは極めて貴重な情報となりました。

当然、日本メディアとしても太永浩さんに話を聞きたいところです。ですが、その糸口はない。

そうこうするうち、2017年2月、旧知の国家情報院職員からコーヒーに誘われました。いつものように四方山話だろうと思って出向くと、先方はいつになくまじめな口調。そして、やおら話を切り出したのです。

「太永浩氏と日本メディアとの記者会見を設定することが可能だ。ただ…完全な情報管理と安全確保が前提となる。協力してもらえるか?」

そのときの幹事社(日本メディアを代表して各種の連絡をまわしたり当局との取材調整をする社)はNHKでもないのに…と断りかけたものの、そんな小さな了見で貴重な会見が飛んでしまっては悔やまれます。
私の秘密ミッション(?)が始まりました。

狙撃を懸念した国家情報院

ソウルに支局を構えている日本メディアは少なくありません。注目の会見となると、それなりに広いスペースが必要となります。
前述の国家情報院職員(以下「国情院氏」)からは「とにかく安全な場所を」と念押しされたので、いくつかホテルの宴会場をリストアップしました。
すると、先方は「一緒に下見しよう」とのこと。

二人で各ホテルに行き、部屋を見せてもらうと、国情院氏はまず窓をくまなくチェック。とくに▼路上からの角度と▼周囲のビルから宴会場内が見えるかどうか、を気にしていました。

北朝鮮から韓国に潜入したスナイパーが狙撃を企図することを警戒していたのです。

「ゴルゴ13」のような話ですが、実話です。

ロンドンでロイヤルファミリーの一員と…

そうした心配には、根拠がありました。
駐イギリス公使時代の2015年、太永浩さんは北朝鮮ロイヤルファミリーと深く関わっていたのです。金正恩総書記の兄、金正哲(キム・ジョンチョル)氏がロンドンを訪問した際、その受け入れ準備に奔走したのが、彼でした。

上のBBCのニュース映像で、少しわかりにくいのですが、サングラスをかけた金正哲氏が登場する直前にドアを通ってホテル内に入る太永浩さんの姿が映っています。

金正哲氏がロンドンに姿をみせたのは、当地で開かれたエリック・クラプトンのコンサートを鑑賞するため。太永浩さんによれば、金正哲氏は政治には全く興味がなく、ひたすらクラプトンのギターから奏でられるメロディーに耽溺してきたそうです。

北朝鮮でクラプトン⁉ と思われるかもしれませんが、弟の金正恩総書記もNBAのスター選手だったデニス・ロッドマン氏を平壌に招いていますからね。一般国民は「西側文化に接するな」と命じられているのですが…

話を、2017年の太永浩さんと日本メディアとの初会見に戻します。
最終的に「ここなら大丈夫かな」と国情院氏が頷いたホテル宴会場も、会見の際は窓のカーテンを全て下ろして、外から見えないようにするという念の入れようでした。

ミッションはこれで終わりません。

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