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北朝鮮 在外公館を相次いで閉鎖の背景

ここ最近、北朝鮮が在外公館を次々と閉鎖して、現地に駐在している外交官たちを本国に戻しています。先月(2023年10月)以降、スペイン、アンゴラ、ナミビア、ネパールの各大使館、それに香港の総領事館が閉じられたと伝えられています。
その背景を分析してみます(写真はネパール)。


北朝鮮が挙げる2つの理由

冒頭で紹介した5つの国・地域のケースのどれも、北朝鮮政府は閉鎖したとは発表していません。ただ、相手国の政府発表やメディア報道から明るみになっています。
例えば、直近のネパールの場合、ダハル首相から「北朝鮮大使館の閉鎖は残念。またいつか再開されることを願う」というコメントが出ています。北朝鮮の駐ネパール大使は、ダハル首相に離任の挨拶をした中で「経済の停滞」と「地政学的環境の変化」が大使館閉鎖の理由だと説明したとのこと。

「経済の停滞」でいえば、北朝鮮の経済状態が芳しくないのは衆目の一致するところです。とくにコロナ禍で国境を3年も完全に閉じた結果、貿易がほぼ途絶えてしまったので、人民の暮らし向きが上向くはずもありません。政府にしても、在外公館を維持するための経費負担が以前より重くなったのでしょう。

ただ、北朝鮮の在外公館と「経済」の組み合わせとなると、それは在外公館の「外貨稼ぎ」という含意もあります。そもそも、2000年代以降、北朝鮮は経済難に喘いで外務省から在外公館への送金が滞るようになりました。結果、現地の外交官たちは「自給自足」のように自分たちで資金を稼ぐことを迫られるようになって久しいのです。
私も、かつてクアラルンプールにある北朝鮮の駐マレーシア大使館の前で何度か「張り番」取材をしたとき、大使館員の男たちがランニングシャツ姿で敷地内の畑を耕している姿を見て驚いた記憶があります。

大使館の敷地で野菜を育てるという文字通りの「自給自足」は、さすがにレアケースであったのかもしれません。ですが、赴任している国・地域での生活費を稼ぎ、その上で、本国に送金できる余剰資金をどれだけ稼げるかが、外交官たちに対する最大の勤務評定ポイントになりました。
外貨稼ぎの手段として目立ったのは、大使館の敷地内でビジネスを営むことです。例えばベルリンにある北朝鮮の駐ドイツ大使館は、2007年、敷地内にホステルを開業。ブランデンブルク門にも近く、宿泊料が安かったことからバックパッカーらに人気だったそうです。

しかし、2016年、そうした「大使館ビジネス」への締めつけが強まります。核開発をやめない北朝鮮に対する国連安保理による制裁の一環として、北朝鮮外交官たちの赴任地での活動は「外交と領事業務に限定する」と定められたのです。
まあ、それが普通だと言えば普通なのですが…
いずれにせよ、安保理の決議を受けてベルリンのホステルも廃業に追い込まれました。

ほかにも、例えばモスクワの大使館は違法カジノを運営し、捜査当局に摘発されるなど、世界各地で北朝鮮外交官たちの外貨稼ぎは難しくなっていきました。それを含めての「経済の停滞」と理解できます。

一段と閉鎖的に?

では、北朝鮮の駐ネパール大使が挙げたもう一つの理由、「地政学的環境の変化」とは具体的に何を指すのでしょう。
私の推測も含めていえば、金正恩指導部は「中国とロシアとのパイプさえ万全なら、もう全方位的な外交活動は縮小しても構わない」と考えたように思えます。
2019年にハノイで開かれた2回目の米朝首脳会談が決裂して以降、北朝鮮は対米交渉への意欲をまるで見せなくなりました。バイデン政権は「交渉の扉はいつでも開いている」と呼びかけていますが、無視。もはや「アメリカとの国交正常化によって体制の保証を得る」という長年の外交目標を放棄したように映ります。

南北関係をみても、韓国で政権が進歩派から保守派に交代したことも相まって、金正恩総書記は韓国との対話になんら興味を示していません。今年7月には妹の金与正氏が韓国のことを従来のように「南朝鮮」や「傀儡」ではなく、初めて「大韓民国」と正式な国名で呼び、話題となりました。それは、もう南側はいつか統一する相手ではなく、完全に別の国家だと「割り切った」ことの表れとみられます。

こうした対米関係と対南関係における引きこもりのような内向きぶりとは対照的に、北朝鮮は中国との伝統的な友好関係を重視し、さらには砲弾などの売却によってロシアとの関係を太くすることに邁進しています。金正恩氏によるロシア訪問とプーチン大統領との首脳会談は、その象徴です。

現在、世界は新たな冷戦に入ったと呼ばれるようになりました。冷戦は北朝鮮にとって居心地が悪くありません。今の中露が社会主義なのかという問題はさておき、北朝鮮としては社会主義陣営に安住できた東西冷戦の頃に戻るように、外交活動は中露両国に集中するのが楽です。
どうあがいても核や拉致問題などで折り合えないアメリカや韓国、日本と無理に交渉しなくて済むし、外貨稼ぎも難しくなったことだから全体的に在外公館を減らしても構わないではないか、と。

つまり、「地政学的環境の変化」とは新たな冷戦の到来を指していて、それを北朝鮮指導部が歓迎しているとしか思えないのです。
北朝鮮研究で著名なアンドレイ・ランコフ国民大学(韓国)教授も、1960年代の「金日成時代の社会主義隆盛期」に逆戻りすることを現指導部が指向している可能性を指摘しています。それは、現在よりも一段と閉鎖的な体制です。

金正恩指導部内で、そうした結論に至ったのだとすれば、今後も在外公館閉鎖の動きがみられるでしょう。
一方で、中露との蜜月の裏返しとして日米韓に対する軍事挑発が先鋭化する懸念もあります。日本としては、北朝鮮の在外公館閉鎖のニュースは「ふーん。やっぱりカネがないのね」と上から目線で軽く流す話ではないと思います。

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