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これはまだ少年が、神さまに近かった頃の物語 「映画 ハイ☆スピード!-Free! Starting Days-」

京都アニメーションの作品を観てみようかな、という方におすすめしたい「映画 ハイ☆スピード!-Free! Starting Days-」のAmazonプライムビデオでの配信が始まりました! アニメFree!シリーズに連なるものではありますが、映画単体でも楽しめます。本編をさほど観ていない友人男性にも「超いい……」とお墨付きをもらったのでぜひご覧ください。

私は「才能が欲しい」と願ういかにも凡庸な人間であるが、本作の主人公、七瀬遙はちがう。

「はやく凡人になりたい……」

これは、高校二年生で自宅の浴槽にひきこもりながらそう願った七瀬遙が、中学校に入学した頃の物語。

あらすじ
水とふれあい、水を感じることに特別な思いを持つ七瀬遙。 小学生時代最後に出場した大会でのメドレーリレーで、橘真琴、葉月渚、松岡凛とともに、遙は「見たことのない景色」にたどり着いた―――。 そして桜が満開の春。遙は真琴とともに岩鳶中学校へ進学。新たな生活が始まろうとしていた。(公式HPより引用)

「はじめて」尽くしに戸惑うやわらかい陽春のこころ

本作ほど思春期を迎える手前の、「子ども」から「もう少し複雑な存在」へと変わっていく"あわい"の季節の少年を、丁寧にみずみずしく描いた作品はなかなかないと思う。

この物語では、主人公たちの前に突如悪の組織が立ちはだかったり、戦争が始まったり、ロボットに乗る羽目になったりはしない。

初めての恋、もしない。

派手な装置はなにもなく、水泳部を舞台にした中学生の日常が描かれているのだが、それでも見ごたえは十分である。

「見るものを魅了する泳ぎ」をする主人公が、小学6年生の大会のメドレーリレーで仲間と泳ぐ良さを知るも、中心メンバーの一人が留学してしまい、その寂しさを抱えながら新しい環境へと身を置くことになる。

所属することになった中学の水泳部で、新たに出会ったメンバーとリレーに取り組むのだが、それぞれの事情から上手くいかない。

意図せず周囲を傷つけてしまったり、反発を招いたり、勝手に孤立したり、憧れられたり、ぶつかり合いながら水泳を通して仲間とのつながりを得ていく物語だ。

圧倒的京都アニメーションの表現力

物語は中学校入学式の朝から始まる。

入学式当日だというのに、朝からスイミングスクールで悠々と泳ぐ主人公。

まるで地上より水の中にいる方が彼にとって自然かのようだ。

迎えに来た幼馴染に手を引かれ水から上がり、身につけたのはぶかぶかの制服に、息苦しく煩わ
しい詰襟。

見知らぬ人の多い教室、騒がしい会話、突然一人称を「俺」に変え、よく知らないやつと仲良くしている幼馴染。初めての部活動、初めての先輩。

桜舞う美しい季節に、憂鬱そうな主人公。

もともと勝ち負けや順位には興味がなく、ただ泳げればいい、仲間やチームなどは煩わしいと思っていた主人公だが、小6の時リレーで最高のチームに出会い、仲間と泳ぐ良さを知った。

しかしその中心メンバーが海外へ留学してしまい、寂しさを抱えたまま、新しい環境になじめない主人公の姿を仕草や表情で丁寧に描く。

アニメの評価軸として、「よく動く」とか「美しい」というものがある。
しかしただよく動けばいいわけでなく、美しい画面にはそれだけで心惹かれる面もあるが、ただ美しければいいというものでもない。

登場人物たちの心の機微がわかる表情の描き方、体の動き、そういうもので自然と感情が読み取れるように描かれている。

風景や水の表現は当たり前に美しいが、同じ水でもときに鉛のように重そうに見えたり、キラキラと眩しく気持ちよさそうに見えたり、穏やかだったり、晴れやかだったり、そういう違いを色や音楽や空気間も含めて丁寧にさりげなく描いている。

圧倒的京都アニメーションの表現力である。

特に教室での中学生男子のにぎやかな掛け合いは楽しい。

最初は距離を詰めるのに戸惑っていたのが、いつの間にか軽口を叩くようになったり、いいツッコミが入ったり、調子に乗った発言があったり。
テンポの良いやりとりがとても心地よい。

中学生くらい特有の、どの部活に入るか友人の反応をみてしまったり、気にかけつつも突き放してしまう、甘えと自立の入り混じった反応も若々しい。
女子でつるんでトイレに行っていた、自立と依存と甘えと友情の入り混じった気持ち悪い気もするあの感じだ。

その一方で、名前を名乗れば友達になれたりと、大人になるにつれて忘れてしまう軽やかなやりとりにはっとする。

「あぁ、こんな時代があったな」と、どこか恥ずかしいような懐かしいようないたたまれないような愛おしいような気持になる。

特に友人と話題になったのは、主人公がまだ着慣れない制服に袖を通し、煩わしそうに首を動かして、詰襟のホックを外したがる姿だ。

学生時代学ランを着ていた男友達が口をそろえて「あれすっげーーーーーーわかる!!」と熱弁していた。

あれほど男に生まれて詰襟の不快さを感じてみたいと思ったことはない。
懐かしいあの頃の記憶を強烈に引き起こすような表現が随所にあるのだ。

真摯に生きる姿に尊敬の念すら抱いてしまう

少し前まで小学生だった彼らは、それなりにしっかりした自我を持ちつつも、まだあどけなく、初めて髪にワックスをつけようとしてテカテカになってしまうなど、可愛い一面もある。

しかしながら、自分の能力や人間関係、スランプやマイナスの感情に真摯に向き合い、悩みぶつかりながら生きる姿には尊敬の念すら抱いてしまう。

まだ若いけれどしっかり考えていて、不器用だけれども真摯に前に進もうとしている。

彼らの繊細で発展途上でありながらも素直でしなやかで力強い姿はひたすらに眩しい。

これは、水に愛され、後に世界の舞台で戦うことになる天才が、まだ自分の能力や存在に無自覚で、でも子どもらしい無邪気な万能感や負けん気や格好つけたさはある、そんな時代の物語なのだ。

派手さはないけれども、水面のようにきらきらと眩しい彼らの青春をぜひ見届けてほしい。


「Free!」シリーズというと女性向けと思う方もいらっしゃると思うが、実は本作は監督も作画監督も構成も男性だ。

監督 武本康弘
構成 横谷昌宏
キャラクターデザイン・総作画監督 西屋太志

Free!シリーズにさほど思い入れのない友人男性に観てもらった際も「すごくいい」「なんでもっと話題になってないの」と大変好評だった。

映画館で20回程観て、円盤も2枚持っているのだが、ボタンひとつで観られるのが快適すぎて、これを書きながら配信でまた楽しく見返してしまった。
何度も観ているのに信じられないくらい面白かった。

ぜひ一度、ご覧ください。 

▼短時間で雰囲気をみたい方はこちら(25秒)

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