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迷惑について(1)

 ハフポストに僕のインタビューというか、コメントが載った。もちろん(?)内容は、例のヤジ排除の話だけど、ここでのテーマは、他のメディアとは違って、日本社会に死ぬほど浸透している「迷惑」の概念が、いかに僕たちの自由な表現を奪っているか、という話。身体感覚レベルでの不自由が当然視されることが、結果として政治的な表現の自由にも悪影響を及ぼす、ということを話したつもりだけど、それがどれだけうまく伝わっているかは、みなさんの判断に任せたい。

 本当は、C氏こと桐島さと子も一緒にインタビューを受けたのだけど、僕のコメントしか載らなかったことについては、ややもにょる。

(ちなみに、サムネイル画像のモザイクが粗くて、なにやら僕の顔が「わいせつ物」のように見えるのは、この画像を用意した時事通信社が全面的に悪い。笑)


 記事タイトルを「(1)」としたのは、このことについては継続的に考えたいと思っているからである。とりあえず参考にしてほしいテキストは、僭越ながら僕の書いたフランス・ドイツ旅行記だ。自由の感覚に触れて軽くなる身体と、「迷惑」概念に打ちのめされて固くなる身体。その比較の中から政治的自由の可能性が浮かび上がってくる。


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大杉 雅栄

大学生時代から社会運動に興味を持って、活動したりしなかったり。現在は、アラサーの福祉系労働者(ソーシャルワーカー)。アナーキストワナビー。最近は、安倍晋三にヤジを飛ばして警察に強制排除されたことで知られている(?)

アナーキストになれなかった人たちのために

本当はもっとハードコアに生きたい気もする、福祉労働者が僕です。
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