【ショートショート】「宇宙人襲来!!」(3,469字)

 ある晴れた日のことだった。
 愛知県名古屋市の某所に一艦の宇宙船が着陸した。

 はるか彼方の星雲にあるザビ星からはるばる旅してきた、大型のタコを思わせるシルエットの宇宙人は、付近を歩いている地球人の男を見つけるとこう言った。

「おめでとうございます。この星がゲームの舞台に選ばれました!」

 その突然の報告を聞いたのが近所に住む犬の散歩をする老人であったため、老人はひとまず警察に連絡し、駆けつけた交番に勤務していた巡査部長から県警へ、県警から警察庁や防衛庁やらを通じて総理官邸まで連絡が行き渡ったころに、とりあえず現場に派遣されたのは最寄りの自衛隊航空基地に所属する田中というパイロットであった。

 大勢の野次馬や規制線を張る警官、緊急時に備えて武装した自衛隊の仲間たちに見守られながら、田中は言った。

「はじめまして。私は地球に住む田中といいます。先ほどあなたはお年寄りに『この星がゲームの舞台に選ばれた』と言ったそうですね。それはどういう意味でしょうか」

 他の星の生命体とコミュニケーションをとることに慣れているザビ星人は、流ちょうな日本語でこのようなことを言った。


 地球には何百年も前から、宇宙連合に所属する宇宙人で構成する【宇宙文明調査団】の一員が人間に擬態して生活しており、地球の文明の程度を逐一調査団本部まで報告している。
 宇宙連合に未加入かつ文明を有するすべての星が調査の対象になっており、団体の活動としては、宇宙に危険をもたらさないよう監視したり、ときにはある程度文明が発達した星に対して宇宙連合への加入を要請したりしているという。
 深刻な(宇宙)人手不足により、各星には二三体の調査団員しか派遣されないが、長い間、地球は彼らにとって不人気な星ナンバーワンであったという。
 文明がなかなか発展せずに国同士の縄張り争いで殺し合いばかりしているというのが主な理由であったが、ある時期を境に潮目が変わったという。


「それこそ、かの偉大なゲームが発明されてからです!」

 ザビ星人は黄色く濁った眼を輝かせて言った。
 どうやら地球で発明されたゲーム(彼らが言うのはどうやら筺体ゲームやテレビゲームの類のことらしいのだが)は宇宙的に見ても珍しいもので、文明調査団員によって本部へ送信されたそのデータはまさに革命的であったという。

 そして偉大な“ゲーム”という発明は全宇宙に共有され、今では宇宙的なブームにまで発展しているということだった。

「それで、この偉大なゲームを発明した地球という惑星を舞台に、ゲームの世界を現実で再現するという記念イベントを企画したわけなのです」

 それを聞いた田中も周囲にいた人々も特にテレビゲームの開発に携わったことはなかったが、悪い気はしなかった。


 ザビ星人の申し出は概ね好意的に世界中に伝えられた。
 ある人はテレビゲームのキャラクターのコスプレをしてザビ星人が乗艦する宇宙船の周囲を練り歩き、またある人はザビ星人に開発中の最新ゲームの試作機を送り反応を楽しんだりした。

 ザビ星人はその地球人たちの熱狂ぶりに困惑しつつも喜んでいる様子だった。
 だが、やがて地球を舞台にしたゲームの準備を進めると言い残し、宇宙船の中に引っ込んでいってしまった。

 ザビ星人の姿が見えなくなってから、ふと、比較的冷静な人が言った。

「そういえば地球が舞台のゲームとはどのようなゲームだろうか?」

 もっともな疑問だった。
 ゲームといえどもいろいろな種類がある。
 宇宙で流行しているゲームがどのようなものなのか、地球人はまだなにも情報を持たないのだ。


 確認のために宇宙船の前に立ったのはまたも最寄りの自衛隊航空基地に所属するパイロットの田中であった。

 ザビ星人との連絡役にはアメリカ大統領や日本の総理大臣をという意見もあったが、歯に衣着せぬ物言いが有名なアメリカ大統領はザビ星人を怒らせる可能性があり、日本の総理大臣は気弱すぎたため引き続き田中が連絡役を引き受けた。

 田中には二人の子がいた。どちらも男の子でゲーム好きであったため、田中にも最近のゲームについてはある程度の知識があった。
 宇宙的に流行しているということであるから、当然、地球でも誰もが知っているようなゲームであろう。

 人間とモンスターが共存する世界で、モンスターを捕まえて育てたり戦ったりするゲームだろうか。それともどうぶつたちと無人島で野菜を育てたり魚を釣ったりするスローライフを楽しむゲームだろうか。
 宇宙人の技術力をもってすれば、モンスターを作りだしたり動物たちと話をしたりすることも造作ないように思われた。

 田中は意を決して宇宙船のドアを叩いた。
 ドアから顔を出したザビ星人は、作業を邪魔されたことが気に障ったのか、少しむっとした様子で答えた。

「いま忙しいのですが、なんの用事ですか」
「それは申し訳ありません。ただ、どうしても確認しておきたいことがありまして」
「なんでしょう」
「あなたたちが準備している地球を舞台に再現しようとしているゲームのもとになったゲームとはどういうものでしょう?」
「あれだけ人気を博したゲームなのに、そんなことも分からないのですか!」

 ザビ星人はあきれたように言った。

「地球で生まれて地球だけでなく宇宙的にも大流行しているゲームといえば、『スペースインベーダー』しかないでしょう」
「スペースインベーダー……インベーダーゲームが現実に――」

 田中はつぶやき、そのまま卒倒してしまった。


 インベーダーゲームとは、一九七〇年代後半に大流行したアーケードゲームだった。正式名称は『スペースインベーダー』だが、一般的にはインベーダーゲームと呼ばれている。
 侵略してくる宇宙人の攻撃をかわしつつ、ビームで敵を撃ち落とすこのゲームは、喫茶店にテーブル筐体が置かれたりインベーダーハウスと呼ばれる専門のゲームセンターが登場し客が殺到したりするなど、爆発的なブームとなった。その後、テレビゲームにも移植され末永く楽しまれたゲームでもある。

 ただし、それはもはや五十年近くも昔の話であった。
 インベーダーゲームなど、今の子供たちは見たことも聞いたこともないだろう。田中だって実際にブームが起きていたときはまだ生まれてすらいなかった。
 宇宙文明調査団にインベーダーゲームの情報が送られて宇宙的な人気になり、ザビ星人が地球に到来するまで、地球時間でおよそ五十年の歳月を要したのだった。


 目を覚ました田中は、空から珍妙な形をした宇宙人たちが下降してきているのを見つけた。

「スペースインベーダーに登場する侵略者に似た宇宙人たちを探すのに苦労しましたよ。一番手前の一列がカヤック星人、その後ろの列がルンババ星人、その後ろの列が……」

 いつからか隣に立っていたザビ星人は悪びれるでもなく言った。

「すぐに総員、戦闘態勢だ!」

 田中は無線で基地の仲間に告げるが、仲間から返ってきたのはこのような返事だった。

「それが、一機を除いて戦闘機がまったく動かないんです」

 田中の様子を見ていたザビ星人は、またもあきれた様子で言った。

「スペースインベーダーはたった一機の稼働型ビーム砲で侵略者を撃退するのが楽しいんですよ? 稼働型ビーム砲は地球の文明では準備できないようなので、近くにあった戦闘機を代用することとしました。そのほかの迎撃装置は、すべて使用不能とさせていただいています。世界中の迎撃装置となると少し時間がかかりましたが、とりあえずなんとかなりました」

 田中は自衛隊航空基地に向けて駆け出した。
 基地に優秀なパイロットはいたが、田中ほど優秀なパイロットはほかにいなかった。
 基地に配備されているF-2A戦闘機の前では待ってましたとばかりにほかの隊員たちが田中の装備を準備して待機していた。

 戦闘機に乗った田中が空に向けて飛び立ったときには侵略者たちは地上のわずか数百メートル手前まで迫っていた。侵略者たちがビームを発射すると、地上では火の手が上がった。
 侵略者たちの数は多く田中はひるんだが、勝算はあった。

 そう、この地で使うのにぴったりの技があるではないか。

 ――名古屋撃ち。

 誰がそう名付けたのか、インベーダーゲームの流行と同時に発明された、田中すらかろうじて知っている程度のこの攻略法を、きっと宇宙人たちはまだ知るまい。
 田中は各所に用意されたバリアに身を隠しながら機を伺うと、機体を斜めに走らせながら地表すれすれに迫った侵略者たちに向けてミサイル発射ボタンを連打した。











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