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置き土産 (2)

 妻に先立たれた友作は、ある少年と顔見知りになる。
 それは、ある姉弟が平穏な家庭を手にする為の、ストーリーの始まりだった。

 プロット2 悲しむ

 夏休みも明け朝、少年と姉が登校する姿を、友作は居間や畑から見送る。
 畑に出ている時、少年は「おはようございます。」と礼儀正しく挨拶し、姉の方は軽く会釈して歩いて行く。
 母親は夕方、着飾った服で出かける。
 母親の仕事、何だろ、、、スナックかクラブか、、、少年に聞いた事は無い。言い辛いかもしれないしな、と友作は考える。
 所詮、赤の他人。根掘り葉掘り聞くことは憚られる。

 昔であれば集落や近所などは、ある程度他人の事を知っておかなければならなかった。
 言ってはいけない事を言わない様にするには有るのか無いのか、あるとすれば何なのかを知らなければ、相手の気分を害することになる。
 毎年当たり前の様に来ている大雨や台風などの自然災害、地震や火事、感染症の流行などの突発的な災害も起こりうる。
 そんな時はまず自分自身が身を守り、近隣住民で協力して生き抜く。そして災害復旧も協力して進めていくことが重要なのだ。
 いきなり、権力者や実力者に頼ると、見返りや報酬を要求される場合もあるかもしれないし、直ぐには来てもらえない。出来るだけ集落内で片づけていた。
 そうやって暮らしてきていたんだ。生きてきたんだ。
 他者の尊重重視で、干渉せず出しゃ張らず無関心でいる事は、いざという時、助け合えるんだろうか、、、暮らす人によっては不安となっていく。
 しかし時代は変わった。例え隣で何が起きても、実害が無ければそのままの方が良い時だってあるのだ。
 友作は時々、そんな事をぼんやりと考えていた。

 ある朝、サイレンを鳴らした救急車がアパートの前に止まった。
 何事かと見ると、あの少年の母親が運ばれていた。
 慌てて畑から道路まで出てみる友作。少年が泣きながら立っていた。
 「おい、ぼうず。おかあさん、どうしたっ。」少年の元へ駆け寄り、友作は声を掛ける、
 「ウ、、ウグ、、、、ママ、朝起きたら、口から泡、、、吹いてた、、、姉ちゃん起こして、救急車呼んだ。」
 姉は母親に付き添い、救急車へと乗り込んでいた。そして走り去った。
 「ぼうず、病院まで行くか?おじさん、車出すぞ。」
 「うん、、、行く。」
 友作は少年と自宅の自家用車へと急 ぎ、発進させる。
 「この街じゃおそらくあの中央総合病院だろう。違ってたら消防署へ電話してみるから。」
 助手席の少年、うんと頷き前を見つめる。見えなくなっていた救急車の行方が心配なのだろう。

 「ぼうず、名前はなんて言うんだ?」 「雄太、木下雄太。」
 「お母さんの名前は?」「木下若菜。」「姉さんは。」「友理奈。」
 「何事も無ければいいな、、、お母さん。」
 「うん、、」
 病院へ着くまでの間に、名前だけは聞いた。
 【泡吹いて倒れて、何事も無いって事は無いだろうな、、、てんかんとか持病でもあったのか、お酒の飲みすぎの急性中毒かなにかか、、、】
 水商売らしき事をしている母親、友作の想像である。
 病院へ着いた。救急夜間入口へ救急車が止まっている。母親は既に降ろされているらしい。隊員一人は看護師と話している。一人は救急車の車内を片づけている。
 近くに駐車しその入口へと二人して向かった。
 「今運ばれた木下の家族のものです。入って良いですか?」と、入口内にある守衛室へ声を掛けた。
 「こちらにお名前を書いて、、、これを首からぶら下げて。」冷静な口調で守衛から告げられる。
 受付用紙へ記入し、ネームプレートを首にかけ奥へと進んだ。
 そこには制服姿の姉が、廊下のベンチソファへ座っている。「姉ちゃんっ。」雄太の声に顔をあげる。
 「お母さん、どうですか?」姉、友理奈の前に立った友作が問いかける。
 すると友理奈は突然大粒の涙を流し始めた。そして嗚咽と共に隣に座った雄太にこう告げた。
 「ママ、、、もう息をしてなかったって、、、何かのショック症状でああなったってお医者さん言って、中には入ったの。今、それを調べるって。」
 廊下を数人の制服警官が歩いてくるのが見えた。真っ直ぐこちらの方へ歩いてきている。
 【こりゃぁ、おおごとになったな。何のショック症状だろうか、、、】と思うと同時に、
 【このまま見捨てる訳にもいくまい。少年も姉も、出来るだけのことをしてやるか。】と思う友作だった。

 「貴女が娘の友理奈さんで、、君が息子の雄太君ですね。っで、あなたは?」警官が友作に向かって尋ねてきた。
 「あ、、、あの、、遠縁の者でして、大叔父になるらしく、、、、ま、近所に居まして、、、姫野友作と。」友作、とっさに嘘を付いた。
 近所の者です。とでも言ったら席を外せと言われると思った。友理奈と雄太には大きく頷き、同意を求めた。
 「お母さんは、薬物による急性中毒でないかと思われます。心当たりは有りますか?」一瞬、訝しげにした警官がそう告げた。
 3人とも目を見開き口を開け、固まった。予想だにしなかった”薬物”のワードに反応できなかったのだと思う。
 「し、知りません、、、」友理奈がようやく答えた。雄太と友作、コクコクと頷く。
 「お母さんの勤め先は、、、クラブ「黒真珠」ですよね。」
 「あ、はい、、名前しか聞いてなくて、、」と友理奈。
 「まあ最近、引っ越しされてたようで。後はこちらで調べます。ご遺体は解剖へ回しますので、、、お引き取り出来る様になったらお知らせいたします。
  友理奈さんの連絡先を教えといてください。それと、帰りは姫野さん、お願いできますか?」
 「はい、連れて帰ります。」
 そこで警官は去って行った。
 友理奈が何か言いたげに友作を見つめた。
 「あ、友理奈ちゃん。この病院の手続きとか支払いが有るかもしれないので聞いてみよう。」友作が先回りして告げる。
 「車に乗って来てるから送っていくよ。同じ所へ帰るんだし。」と言うと、友理奈は「すみません」と頭を下げた。

 友理奈と雄太をアパートへ送り届けた友作。
 「食べるもの、あるか?」ドアの前で見送る時、何気に聞いた。
 「いえ、、、でも大丈夫です。」
 友理奈が答えると同時ドアを開け、二人が中へと入る時、部屋の中が見えた。
 床にゴミや家財が散乱していた。奥の部屋に続く戸が開いており、洋服が散乱しているのが見えた。
 【空き巣にでも入られたような跡だな、、、】
 友理奈と雄太が部屋の中をぼんやりとみている。暫くすると友理奈が”フゥ~、”と溜息をつき、足元の物を片づけ始めた。
 【驚かないのか?、、、友理奈ちゃんは心当たりがあるのかも、、、】と友作は思ったが、深入りはまだすまい、と思い直した。
 「じゃあ、、、何か警察から電話あったら教えてくれるか雄太君。また車出すし、葬式の準備とかその辺、力になるよ。」
 「……すみません、、、、、なにも分からなくて、、、、、すみません。」友理奈が頭を下げている。
 「分かんなくて当たり前。こんな時は知ってる年寄りに頼れ。良いんだ、そう言うもんだ。」
 友作は二人にそう告げると車へと乗り込んだ。コンビニへ向かい、二人の昼食を買おうと思ったからだった。

 暫くして友作が戻り、アパートを訪ねる。出てきた雄太にざるそばや冷やしラーメン、焼肉弁当や幕の内弁当とお茶が入ったコンビニ袋を渡した。
 「ありがとう、、おじさん。」
 悲しそうに、力のない感謝の意を伝えようとする引き攣った友理奈の笑顔。何をどうすれば良いのか思いつかない不安が浮かぶ顔。勝手に受けた印象でしかないが、友作にはそう見えた。

 【当分、面倒見てやろう。親切の押し売りでも良いじゃないか、、、鬱陶しそうだったら時間を開ければ良い、、、勝手にやってるでも良い。そうしてやろう。】

 その時、アパート前にパトカー3台と白いバンが止まった。警官が数名降りてくる。アパートの階段を駆け上がってくる。
 ドアの前に立ち「家宅捜索令状が出ています。上がらせていただきます。」と告げ、部屋の中へと入って行った。
 部屋の中は片付いていた。友理奈が恐らく、そうしたのだろう。

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