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『きみのお金は誰のため』を読んで

最近、良本に出会いまくっている。
中でも感想を言語化しておきたいと思ったので、noteに書き留めておく。
※要約ではない。
お金の本質を分かった気にさせてくれたこの本は、読了後、すこぶる気持ちが良かった。

働くとは、誰かの役に立つこと

働くとは、お金を稼ぐことじゃない
働くとは、誰かの役に立つこと

こういう綺麗事を丁寧に解説してくれたから、この本を好きになったんだと思う。

お金は、ただの交換チケット
お金は、お金が使える時しか意味がない

「お金で解決できるなら、お金で解決すればいい」
→癪に触る小金持ちのセリフだが、なぜ私は癪に触るのか分かった。
根本的に勘違いしている。
お金が解決したんじゃない
お金の向こうで働いている人がいるから解決したんだ。

「時間をお金で買う」
→これも同じで、
時間はお金で手に入るわけじゃない。
お金の向こうで働いている人がいるから
自分のやるべきことを代行してもらえて、
その分、その時間で自分は別のことができたんだ。

当たり前の事だが、
感謝の意をなく、
ちょっとお金を持ってるからと、
羽振りよくお金を使っていい気になっている人はいないか?
自分も、そうなっていないか?

今の自分が生活できるのは、
あらゆるものを作って働いてくれる人がいるからであり、
どんなにお金を持っていても、
働いて生産してくれる人がいなければ、
生きることはできない

働いて生産する源流をたどれば、
それは地球の自然の恵みにたどり着き、
人間が単体で生み出したものは何もないと、
気がつく。

少子高齢化がなぜよくないのか、
これも分かった。
お金が足りなくなるからではない。
結局、働き手が減ってしまうと、
どんなにお金があっても、
ものが手に入らず生活の質が下がって、
国力が落ちてしまう
のだ。


ウチかソトか

専業主婦がどんなに家族の役に立っても、
お金をもらえることはない。(中には、旦那さんからお小遣いをもらっている人もいるかもしれないが)
旦那さんがソトから働いて稼いだお金を使って、奥さんがウチの家族の為に、家事や育児を行う。
その際、奥さんが家事や育児で支払うお金の流れは、ウチの旦那さんから奥さんに移っただけで、その時点では、ウチのお金は増えたり減ったりしない。
奥さんがソトに支払った時、初めてウチのお金は減るが、日本国で見れば、日本国内のウチでお金が移動しているだけで、日本国内でお金は増えたり減ったりしない。

子どもがお手伝いして、ウチでお小遣いを与えた場合も同じだ。
役に立っても、ウチの中でのお金は移動しただけで増えないし減らない。
ソトで使って、初めて減るし、
ソトで役に立って、初めて増える。

PTAを有償化する是非も、基本的に構造は同じかと思う。
PTAウチと思うかソトと思うか。
それだけで論争が起こっているのかもしれない。

PTAは保護者会。
皆、仲間。
家族でなくとも、家族と同じくらい地域で生きていく為の大切な仲間ウチ

そう思っていれば、
専業主婦の家事や育児と同じで、
ウチのために役に立って無償であることは、目くじらを立てることではない。
気仕事で成り立つ世界だ。

しかし、
PTAも所詮、他人
ソトの人。

そう思っていれば、
ソトのために役に立っていれば有償であることは、理に叶う。

近年、共働き世帯が増えて、余裕がないので、
PTAをウチだと感じていても、手を貸せない。

そんな時、家庭内で、お小遣いを与えて子どもを家事の戦力にしてしまうように、PTAを有償化してもいいような気もする。

しかし、一度、お小遣いを与えてしまうと子どもはお小遣いが欲しい時しか家事をしなくなるし、ウチの役に立ちたいと思う純粋なモチベーションは阻害されてしまうかもしれない。
結局、お金のために働いて役に立とうとするならば、もらうお金と同程度の労務提供に成り下がってしまう可能性も高い。
もうそれはウチに対する気仕事ではない

仲良しコミュニティ内でも、
副業している人がいる。

家族のウチで、
きょうだいに宿題を教えてもお金は取らない。
家族のソトで、
家庭教師として宿題を教えたらお金をもらえる。
(中には、親がお小遣いを与えて兄や姉に宿題を見させるケースもあるのかもしれないけど)

ちょっとした知識やスキルのシェアも、
お金を取ったり取らなかったり、
ウチだからこそ無償なのか、
ウチだからこそ有償でもお金の総量は変わらないし、感謝の印をチケットで渡すのが今の時代なのか?

お金を取る事が悪だと言いたいわけではないが、今一度、お金の本質を突き詰めて考えていくと、視座が上がる、

国内の政府、企業、個人のお金の移動を小さく追うより、
日本国というウチ技術で、
ソト諸外国役に立ち
ソトからお金が入ってくるように、
日本全体で生産性を上げて成長しなきゃなぁと思う。

そして、最終的には、
世界が一つになって、
自分たちが生きる地球を守らなければ
なぁ、
と思う。
なんせ私たちは地球の自然の恵みがなければ生きられないんだから。

これから

とはいえ、生きていくためにはお金が必要で、稼ぐ必要はある。

綺麗事だけでは生きていけない。

だから、
心のどこかで、
人の役に立っているのか?
ウチなのかソトなのか?

考えることと、
全ては、人の手と自然の恵みで成り立っているとたまに思い出す事が大事なんだと思う。

次世代の子どもたちにも、
自分達の祖先が築き上げた日本国を守り、
自分達の生活の質を上げていくため
には、
ソトで通用するスキルを身につける必要があると教えたい。
そして、その先には、ソトもウチもないくらい大きな世界の課題が待っているから、せめて疲れたら帰って来れる自分の持つ最小コミュニティの家族を愛して大切にしていこうと伝えたい。

お金自体には、何の価値もない。
無人島にお金があっても意味はない。
ただ、お金が使える場合、一定の効力を持つ。
だから、お金を使うときは、応援したいと思えるところに使い、お金を移動させよう。
ウチに置いておいても、あんまり意味はない。

皮肉なことに、お金が集まってくる人気がある人は、お金の格差をなくす発明をして応援されているのだ。

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