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映画感想文「月」見たくない現実を直視。身体張った俳優陣の演技に圧倒される

介護で苦しんだ経験がある。

これ以上続いたら自分が壊れてしまう。狂気との紙一重のところで、毎日そう思ってた。

そんな時、綺麗事をぶつけてくる人たちがいた。その度に現実を突きつけてやりたい衝動に駆られた。それでも、全て作り笑いでやり過ごした。

嫌われたくなかったわけじゃない。大人だったわけでもない。

反論する気力さえ、持ち合わせていなかっただけだ。

この作品の言わんとしている「綺麗事では済まされない現実」を少しは理解できる気がする。

それでも、それを直視したくない。できれば2度と見たくない。そんな卑怯な気持ちが私の中にもある。

だからせめて、この作品をスルーせず直視し、観て感じて記憶に留め、誰かに伝えることでささやかながら、罪深い自分を補いたい。

新人賞をとったきり筆を折った作家、堂島洋子(宮沢りえ)は、生活のため重度障がい者施設での仕事を始める。

同僚には作家を目指す陽子(二階堂ふみ)、絵が得意なさとくん(磯村勇斗)がいた。明るく振る舞う彼らだったが、内面に鬱憤やストレスを溜め込み、追い詰められている。

嬌声を上げおさまらない者、誰からかまわず噛み付く者、介添者に暴力を振るう者、寝たきりで意思疎通はかれない者。

ここには書けないような酷いことまで起こる。

洋子がいままで見たことのない現実がそこにあった。それらに接するうちに、やがて彼女もまた、同僚たちと同様に追い詰められていく。

そして、さとくんだ。

仕事に就いた当時は熱意と正義感に溢れ、入所者にも親切に対応していた好青年だった。しかし真面目で熱心に仕事に取り組む態度を同僚から馬鹿にされ、上司に現状を訴えても何事も変わらず、そんな日々を繰り返すうちに、どんどん病んでいってしまう。

その様が切実だ。こんなことを言ってはなんだが、なるべくしてこうなってしまった感が否めず、ひたすら胸が痛む。

やがて誤った正義感に駆られ彼は破滅へとまっしぐらに向かっていく。そして事件はそこで起こる。

この狂気を演じる磯村勇斗が、すごい。普通の人の破滅をリアルに演じる。しみじみ、素晴らしい俳優さんだと思った。

そして同じく少し狂った二階堂ふみ。こちらもすごい。快演。やつれきった顔で演じる姿が本当に怖かった。

31歳と29歳。

まだ若いのに(という言い方も失礼なことを承知の上で書くが)二人とも素晴らしい俳優さんだ。

そして、ほっと一息つけるのは唯一ここだけ。

売れない模型作りに没頭し、仕事は続かず生活力のない洋子の夫、昌平(オダギリジョー)。時に苛立つくらいのまったりした、いい人ぶりに癒される。

この人はいつも、こんなふうに世の中をうまく渡っていけない生活力なき人を演じるのが抜群に上手い。

個人的には本作と同じく宮沢りえと夫婦役を演じた「湯を沸かすほどの熱い愛」が好きだ。

最後に。

この作品を企画した関係者の皆様、石井裕也監督、身体を張りあらゆるリスクを背負ってこの作品に出演した俳優の皆さんに、心から敬意を表したい。

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