見出し画像

【書評】いかに「自分の問い」を持ち続けながら研究するか――『リサーチのはじめかた』

多くの場合、大学を卒業するには「論文」を書かなくてはいけない。また、その論文とはすでに知られていることではなく、未だ知られていないこと、考えられていないことについて書かなければならない。そのため私たちは、先人たちによって培われた先行研究を踏まえながら、新たな知を紡ぐのである。そのとき、大学にいる研究者は、そんな「新たな知」を産出するプロフェッショナルと言える。しかし、どうだろう。私たちは「新しい知」を作り出すことを目的に研究しているのだろうか。その分野の先行研究を踏まえ、その研究分野の進展のために研究しているのだろうか。確かに、そういう人もいるだろう。しかし、今一度考えてみたい。人はなぜ研究するのか、人はなぜ何かを研究したいと思うのか、と。今回紹介する本は、研究のハウツー本でもあるのだが、このような問いに真正面から向き合ったものと言えるだろう。

『リサーチのはじめかた:「きみの問い」を見つけ、育て、伝える方法』は、アメリカの大学で教鞭をとるとトーマス・S・マラニーとクリストファー・レアによって書かれたもので、研究計画書を書く際の手引書である。研究計画書とは、基本的に、研究対象とは何か、それに対してどのようなリサーチ・クエッションを立てるのか、それに答えるためにどのような方法を用いるのかなどを書くものである。同書が書かれた経緯であるが、著者らは大学生相手にこの研究計画書を書かせる講義を一緒に担当していたという。彼らははじめ、一ステップずつ取り組めば、研究計画書が完成する指導案を綿密に立て、それ通り行えばうまくいくと考えていた。しかし実際行ってみると、そううまくはいかなかったらしい。そこで彼らは、自分たちの講義の盲点であった「受講生はそもそも何を問いたいのか、どんな問題を解決したいのか」という研究に着手する前の段階に目をむけた。だが、この段階に対する指導が一番難しいことだったのだ。同書は、そんな彼らの試行錯誤の経験を元に書かれた本なのである。

目次は、以下の通りである。

第1部 自分中心の研究者になる
 第1章 問いとは?
 第2章 君の問題は?
 第3章 成功するプロジェクトを設計する

第2部 自分の枠を超える
 第4章 君の〈問題意識〉を見つける
 第5章 〈分野〉の歩き方
 第6章 はじめかた

同書は大きく第1部と第2部に分かれている。第1部では「自分を出発点とする問いを見つけること」について、第2部では「その問いを、研究者集団へと開いていくこと」について書かれている。第1部を「内側」、第2部を「外側」とするならば、同書の流れは「内側からはじめ、それを外側に開いていく」と言えるだろう。つまり、自分自身の内側と向き合わず、外側の論理だけで、つまり研究分野の論理の中だけで研究するのではなく、自分自身の内側と向き合い、それを外部へと繋げていく研究の道を提示しているのだ。しかし「内」と「外」の間には緊張関係や亀裂がつきものであり、そこを横断することは、そう簡単ではない。そんな中、この板挟みを引き受け、かつ乗り越えるような心構えを、この本は提示しているのだ。

彼らは、本書で示すのは「自分中心的研究」の方法であるとする。その含意は、自分の関心ごとに素直に向き合い、それに重心を置くことである。しかしこれは別に「自分語りをする」ということではない。ふたりは以下のように注意する。

「〈自分中心的研究〉とは、エゴのたがを外す(というかエゴを膨張させる)という意味ではない。自分を中心に置くとは、自分のことしか考えないとか、自惚れるとか自己満足とか、他人に頼らないとか、逆に自分に甘くて自分勝手とか、要するに利己的という意味ではないのだ。」(p. 20)

つまり、「自分中心的研究」とは、別に”持論”を展開するというわけではないのである。また「”自分”の考える最強の〇〇論」を書くことではない。ふたりが何を意図して「自分中心」としたかというと、「第三者から、とりわけ指導教員由来で研究を始めるな」ということである。しっかりと自分由来の研究をする、それが「自分中心的研究」の意味である。これを否定神学的に、つまり余事象的にまとめられているのが、以下である。

「ちょっとした好奇心とか「いい思いつき」、あるいは第三者から割り当てられた仕事とか、そういうものを研究の焦点に据えてはいけないということだ。これが優れた研究成果を生み出すための第一の必須条件である。」(p.21)

この条件が同書を通徹しており、ここで危惧されている「思いつき」や「第三者」に縋ってしまう心理を解き明かし、そこに陥らないようなヒントがこの本では書かれている。

そのようなヒントは、同書のあらゆるところに書かれている。ここでは全てを扱うことができないため、第2章「君の問題は?」に出てくる「思い込み」に対する対処法に絞って紹介したい。

研究をする我々も人間であるため、また同書が自分から研究を始めることを推進するため、必ずといっていいほど、対象に対する「思い込み」を伴いながら研究することになる。この「思い込み」とは、他の言い方であれば「偏見」「先入観」である。論文にしたとき、それらが論の根幹に残っていれば、得られる結論は疑わしいものになるだろう。しかし、著者のマラニーとレアは単に「思い込み」を否定し排除するのではなく、自分が研究の中で持ち合わせてしまう「思い込み」とどう向き合うのかについて語っている。

例えば、「思い込み」は問いを立てる際に立ち現れたりする。第2章「君の問題は?」では、第1章で生まれた「自分の問い」に対して「語彙や文法や表現に注意し、問いの文章が具体的かどうか、また特定の結果を期待する偏ったものでないかどうか確認する」フェイズを紹介している。そこでは問いが成り立つための前提に「思い込み」が潜んでないかを、チェックする。例えば、よくある形の「XはYにどのような影響を与えたか」という問いは、XがたしかにYに影響したという答えが暗黙のうちに了解されている。この時点では、そんな影響があったかどうかは、まだ立証されていない。そんな時どうするか。

「それでもやはり、XはYに影響したという直感が揺るがなかったとしよう。確かに影響したのかもしれない。しかしまだ調べてはいないのだから、この時点では断言はできないだろう。ここで避けてなくてはならないのは、実際にその「影響」が存在していなければ成立しないような、そんな問いの立て方をしてしまうことだ。」(p. 93)

すでにXとYの関係を調べており、論述できていれば問題はない。しかし、調査がまだできていない段階での「問い」で、その関係は前提とするべきではないということだろう。この「XはYに影響した」という推測は、研究する中では必要なものであるため、単にそれを動機に「XとYの関係」を調べればいいのである。ただ、その関係を前提にした問いから始めてしまうと後で困ってしまうのは自分なのである。

もう一つ踏み込んで、第2章では「思い込みを可視化する」というフェイズで、受講生(読み手)に自身の「思い込み」と向き合わせる。そこでは「思い込み」は、研究の「燃料」と表現され、また「この世界の実像と思い込みとの間に隔たりがあったからこそ、具体的な問いが立ち上がったのである」とされる。つまり「思い込み」は悪いものではなく、「思い込み」が研究を進めるというのだ。著者たちは、「思い込み」に対するこの態度を以下のようにまとめる。

1. 思い込みは白日のもとにさらし、それによって対処可能にしなくてはならない。

2. しかし思い込みを嫌悪したり、その声に耳を塞いだり、地下に追い払ったりしてはいけない。なぜなら案に相違して、それによって思い込みへの執着が強くなってしまうからだ。

3. 思い込みは燃料として消費しなくてはいけない思い込みを利用すれば一度にふたつの目標を達成できる。新しい方向に進むことができ、その過程で思い込みを使い尽くすことができる(つまり、いずれ新しい燃料が必要になるということだ)。

確かに、自分の内側から研究を始めている以上、自分の中で繋がってしまっている要素と要素の関係、つまり「思い込み」が含まれてしまうのは当然である。それを含ませないことは原理上できないし、むしろそのように関係を推測すること、またその関係を措定して他の要素をみることができるからこそ、研究は始まると言える。しかし、その関係はあくまで自分の「内側」で繋がっているのである。そのため外化、外側の論理で検討する必要がある。検討される中で、多くの「思い込み」は論破されるだろう。しかし、幾つかの「思い込み」は検証に耐えるだろう。このようにして研究は進むのである。つまり「思い込み」が解消されると同時に、研究が進む。まさに「思い込み」は「燃料」と言える。

以上のように、この本は、自分の内側から始め、それを外側の論理で語る際に立ちはだかる問題、今回は「思い込み」に対して、どう対処するべきかを具体的な手順をもって説いている。他にも「一次資料」や「専門用語」の問題などに対して、自分の問いを見失わずに対処する方法が書かれている。

最後に全体をまとめよう。今回紹介した『リサーチのはじめかた』は、研究をはじめる際に「自分の問い」から始めるように啓蒙し、それを外側の論理で探究する際の困難をいかに乗り越えていくのかが書かれている本である。この本は、例えば、これから研究を始めようとする大学生、また「自分の問い」から始めたはいいが、外からの風当たりが強く、それを捨てた方が楽な気がしている大学院生におすすめである。

同書を通じて、自分の身が伴った研究成果が生まれることを期待しています。



この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?