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経済学の特徴

 医療・保健においても経済学は非常に関連していますが、他の分野の経済学と同じように扱えないところがあります。「医療経済学」を考える前に、「経済学」そのものの特徴を知ることで、医療・保健に経済学の概念をそのまま適用しようとすることが難しいことが分かります。今回は、講義や医療経済学の標準的テキストとされている『The Economics of Health and Health Care』を踏まえ、まとめてみます。

経済学の4つの特徴

①社会資源の希少性(scarcity of resource)
 基本的に、資源とされているものは有限です。だからこそ価値や値段がつき、この価値とか値段を分析するのが経済学だ、とも言われます。上述の『The Economics of Health and Health Care』では、経済学を「個人が何かを手に入れる代わりに何かを諦めるということを前提にした学問である」と表現しています。例えば、国レベルで言えば、国民医療費の対GDP比が増大することは、他の分野のシェアを減じているわけですね。医療においては、安易に医療に関する資源にかかる費用だけを考えればいいというわけではなく、機会費用(我々が健康を得るために諦めていること)が多くを占めているかもしれない、と指摘しています。
②合理的意思決定の仮定(Rational Decision Making)
 経済学は、人間の経済行動が合理的な意思決定に拠っていることを前提としています。ここでは、合理性のことを「自分のリソースの制約を考慮して、自分自身の目的に最も合った選択をする」と表現しています。ですが、本当にヒトは常に合理的な意思決定を踏まえて行動しているでしょうか?医療・保健の分野に限らず、ヒトは合理的でない意思決定をすると言われています(行動経済学などがその点を説明していますね)。
③限界分析概念の使用(Marginal Analysis)
 ヒトは、「次への利益や誤差、単位をコストに換算して意思決定する」という考え方です。得られる利益の増分効果に対し、その分かかる増分費用をトレードオフする経験と表現されます。「価格弾力性」といった指標で表現されることもあります。通常、入院するほどの重病であれば、負担しなければならない費用が大きくても医療機関受診を控えることはあまりなく、外来で対応できるくらいの軽症であれば人によっては医療機関受診せずにいる、ということがあると思います。この状態を価格弾力性で表現すれば、入院医療は価格弾力性が小さく、外来医療は価格弾力性が大きい(外来医療は個人の費用負担が少ないと受診が増え、負担が大きいと受診が増える傾向にある)ということですが、1970年代の日本においては、これが逆転し入院医療の価格弾力性が大きいという事態が起こってしまったこともあります(いわゆる社会的入院)。
④モデルの使用
 目の前の事象を、文字やグラフや数式で説明し、現実世界を理解するためのツールを用いています。必ずしも経済学に限ったものではなく、「モデルとは地図のようなものだ」と警鐘を鳴らされています。つまり、「地図」は現実そのものではないし、その場に応じた地図でないと使えないので、用途によって使いわけが重要である、ということですね。講義ででた、「例えば学会などで『あなたのモデルは非現実的だ』と指摘するような意見が出ますが、あれははおかしい。モデルによって現実をうまく説明できるのがいいモデルであって、モデルそのものを非現実的であるという批判は間違っているよね」という例が分かりやすいです。

医療・保健と経済学の難しさ

 Kenneth Arrow(1972年ノーベル数学賞受賞)が、『医療ケアの福祉経済と不確実性』という論文で、「健康アウトカムを予測することはもちろん、過去の行動やケアがそのアウトカムに起因しているかを推定することすら難しい」とし、医療におけるリスクを共有して市場を展開することの難しさを、保険産業すら失敗しうる(特に米国)ことを例に出しながら述べています。

 健康問題にコストが関与するのは間違いないですが、「愛する人が心停止になったと想像してみてください。その時に医療費がどうとかこれからどうなるとか考える余裕は残っていますか?そのような状況下で緊急サービスの価格を疑う人はいますか?」と疑問を投げかけています。

 このように医療・保健においては、不確実性や別でもテーマにした情報の非対称性などがあることが、経済の視点で考える上での難しさだとしています。この点の理解をしておくことが、医療経済を考える上でまず必要なことなのだと改めて学びました。

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