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アメリカの医療制度

 医療制度の学びを続けます。今回はアメリカです。アメリカはこれまでのイギリス、ドイツとはまた違った制度設計になっているので、その点が分かるようにしたいと思っております。この後、フランスまで続けて、各国の医療制度についてのまとめはおしまいの予定です。

 前提として、憲法のあり方をお話しすると、20世紀型の憲法は①統治機構②国民の基本権の二大構成になっているとされます。アメリカは1776年にイギリスから独立を宣言し、翌年に憲法を制定するのですが、アメリカの「国」の憲法には②国民の基本権がなく、各「州」がそれぞれ憲法を持ち、そこに明示されているという特徴があります。国家は、外交・防衛・各州の問題解決を負託していますが、州ごとに国民の基本権が決められ、それをもとに法律の自由が保障されています。ここが医療制度のことにも関連してきます。

保険制度

 アメリカも他の国と同じく、職域保険として1920年代に保険制度ができました。1929年の大恐慌をきっかけに社会保障制度整備を求める声が高まり、皆保険を目指す動きも何度となくあったのですが、なかなか制度化はされていないままになっています。1965年、公的医療補償制度としてMedicareとMedicaidが成立するにいたりました。

MedicareとMedicaid、その他

 高齢者の無保険が問題となっていたのが背景に、Medicareができました。65歳以上の高齢者・65歳未満の障害者・末期腎臓疾患患者を対象とした保険です。主に入院費用をカバーするパートA、主に外来費用をカバーするパートB、メディケアと契約を結んだ民間保険会社が提供するパートC、薬剤費をカバーするパートDに分かれます。このうち、パートCは、民間保険会社が自身の支出を抑えるために健康な方を優先して加入させるCherry pickingを行なったために財政としてうまくいかず、現在はあってないような制度になっています。

 低所得者対象の医療扶助制度がMedicaidです。Medicaidの実施主体は州政府であり、州ごとに受給資格・医療サービス内容決定・支払額・プログラム運営が決められています。受給資格と給付規則には、絶対規則(州政府が必ず満たす必要あり)と任意規則(州政府それぞれで規定できる)があり、絶対規則に加えて任意規則を規定するとそれに応じて州は補助金を獲得できる仕組みになっています。しかし、州が財政難に陥ると任意規則の選択を取りやめる可能性があり、無保険者を減らす有効な手立てとは言えません。例えば、ミネソタ州では連邦貧困基準の215%以下の所得まで受給資格があるのに対し、アラバマ州・ルイジアナ州では連邦貧困基準の11%以下でないと受給資格が得られないなど格差が大きく、州をまたいだ引っ越すと受給資格を失うことすらありえます。最低の2州では、3人家族で2100ドル、4人家族で2536ドル以下と「極貧」状態でない限り受給資格がありません(李啓充. 続 アメリカ医療の光と影 第230回 オバマケア合憲判決の「想定外」(3). 週間医学界新聞, 第2994号, 2012年9月17日)。

 Medicare、MedicaidともにCMS(Centers for Medicare and Medicaid Services)が管理しています。

 小児に対する保険として、州こども医療保険SCHIP(State Child Health Insurance Program)があります。1997年に連邦法である年金修正条項第21項として成立した、無保険の子どものための医療保険です。Medicaid同様、設立と運営は州政府に任されており、州政府が子ども医療保険制度を施行した場合に補助金が出る仕組みとなっています。

 それ以外にマネジドケア型保険(Managed Care Insurance)あります。こちらはリンクをご覧ください。

診療報酬制度

 日本は入院の診療報酬制度として、DPC(Diagnosis Procedure Combination / Per-Diem Payment System)という「1日あたり定額払い」をとっているのに対し、アメリカではDRG/PPS(Diagnosis Related Groups / Prospective Payment System)という主診断・副診断・手術の有無・年齢・性などによって定額で支払う「1件あたり定額払い」をとっています。世界的にはDRGが趨勢となっていますが、日本ではこのDPCを導入し始めた頃、国立病院10件を対象にDRGを試したところうまくいかずDPCを採用しそのままとなっています。これは、ある病気に対しての病院ごとの入院日数がバラつきすぎており、DRGだと混乱が生じるとされ見送られたと言われています。

 またMedicareの医師に対する支払いとして1992年に導入RBRVS(Resource Based Relative Value Scale)として、医師費用への支払いを、医師の作業量・診療コスト・医師の教育・研修費用を考慮し行う制度もあります。

オバマケア

 アメリカの医療制度を語るにあたり、オバマ大統領の改革は避けて通れません。これまで何人もの大統領が進めようとしながらできなかった医療保障制度の改革をなぜなし得たのか、いくつかポイントにしてまとめてみます。
①保険加入の義務づけ:従業員 50 人以上の企業に対して従業員向け医 療保険の提供を義務付け、一般市民に対しても民間医療保険への加入を義務付けました。加入しない場合にはペナルティが課せられましたが、罰金を科してまで個人に保険加入を義務付けるのは個人の自由を侵害する違憲行為だとして、26州が提訴し連邦高裁などで違憲判決も相次ぐという大きな問題になりました(連邦最高裁では医療保険改革法の根幹部分を支持する判断を下し事実上の合憲判断に至っていますが、州への補助金を廃止する点は違憲とされています)。
②医療保険取引所(health insurance exchange):民間保険を購買するための市場を創設し、個人および中小企業が手頃な値段で、また自らの自由な選択を通じて保険を購買できるようにしました。医療保険取引所は医療保険の市場であり、様々な医療保険の保険料や控除免責金額、自己負担金などの内容を比較し、民間医療保険を購入できる場となっています。
③低・中所得者層を対象とする財政的支援の提供:②を通じて保険に加入する低・中所得者を財政的に支援するためにの税額控除や補助金を提供します。
④公的医療扶助制度であるMedicaidの拡張:連邦の貧困レベル133%(のちに138%へ修正)以下のすべての国民に受給資格が付与されるようにしました。これが無保険者をなくすのに一番大きかったとされています。具体的には、2009 年には人口比15.1%の4567万人が無保険であったのが、2015年には人口比9.4%の2976万人まで減りました。
⑤民間保険の規制:病歴や健康状態によって加入を拒絶したり、加入を打ち切るなどを禁止しました(アンダーライティングの禁止)。
⑥主な財源:高額保険プランに対する課税、Medicare社会保障税の引き上げ、製薬産業、民間保険業界に対する資金拠出の義務づけや、医療機器に対する課税、Medicare予算の削減などによって賄うようにしました。
⑦ACO(Accountable Care Organization):主にメディケア加入者を対象に、医療サービス提供者がグループを組織し、外来・入院・慢性疾患の管理といったケアを継続的に提供する仕組みのことです。運営機関であるCMSが予算を立て、その範疇でACOはやりくりし効率的に医療を提供する仕掛けがあります。

 上記のような施策で、保険適用範囲を拡大しつつ医療費全体は削減する方針を出しつつ、時期的にリーマンショックで失業者が増え保険を失いたくない市民の思惑と一致、民間保険が中心であることを明らかにして購買のための市場を創設したこともあってオバマケアは成立できました。このオバマケアの効果として、無保険者の減少だけでなく、メディケアの費用全体の伸び率も9.0%(2000-2010年)→4.4%(2010-2015年)に抑制されています。

まとめ

 世界トップクラスの医療水準を誇り、世界各国から優秀な人材があるまり最先端の研究を行って医療機器・医薬品が開発され医学の発展に貢献しているという明るい側面に対し、その分医療費は高騰してしまうという負の側面もあるのが現実です。このため、オバマケアで抑制に傾いた医療費伸び率抑制も、今後また上昇に転じることが予想されています。また、アメリカの思想として、保守派である共和党(個人が自由と責任のもとに直接保険を購買し自ら医療費を依拠管理)と、個人の自由と選択を尊重保守主義と、個人の権利を国家が保障するリベラリズムなどが存在しており、これらはどうしても思想的に一致しません。個々の自由が重んじられると同時に、結果についても自己責任が強く求められる文化のアメリカでは、医療についても個人の選択が重視されてきました。そのために、皆保険制度の導入は個々の財政負担の増大が懸念されるために進まない(進んでこなかった)という面もあります。しかし、州レベルで皆保険制度を導入する流れも起こっており、今後もアメリカの医療制度は変わっていくのかもしれません。

参考:『米国の医療保険制度について 国民皆保険制度の導入と、民間保険会社を活用した医療費抑制の試み』『財政依存度が高まる米国医療保険制度 高齢化や高額の処方薬が影響する大統領選後のオバマケア

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