見出し画像

【小説】栞になった手紙

本の中に栞になった手紙が有る、私を変えた私の手紙だ。

中学校は杭のような木々の中にあった。

木は桜の木もあった、ユーカリの木もあった、どちらにしろ大人とは違う治外法権に居るのだと感じさせる大きさだった。

中学校になると体も出来上がって、子供を脱していく、その精神はほんの少ししか変化していないのにだ。

「おはよ。」美恵子は小さい声で短く挨拶する、それから首に抱き付いて来る。

「おっはよ~。」私は少しでも彼女のぬくもりを続けたいから、言葉を長ーく伸ばしている。

小学校の頃にはまだ子供の匂いをさせていた恵美子は、中学に入ると不思議に女の匂いを身に着けた。

自分も匂いが変わったのかと思って、たまにクンクン嗅いでみる、私は女の匂いはまだみたいだ。

匂いだけでなく、望まなくても、私たちは身体が変わってきていた、胸が膨らんで、丸くなってきたのだ。

会話も変わってきている、異性に興味ある女子が増えて、その話をする時間が多くなる、子供の時には誰も思わなかったのに。

「○○くん、カッコいいよね、さやかはどう思う?」美恵子のカッコいいは毎日違う、アイドルみたいな気持ちでカッコいいって言うんだ。

私はそれが途轍もなく苦手だ、聞きたくない言葉と言いたくない言葉が口から出る。

「うん、カッコいいと思うよ。」当たり障りのない言葉が当たり障りなく出てくる。

そんな自分が嫌いで、嫌いで、どこかに放り出してしまいたいと、感じる毎日だった。

言葉には力が有るって誰かが言っていた、カッコいいと声に出して言っている自分は、いつか彼をカッコいいと思うようになるのかもしれない。

嫌だと思うのは私の気のせいかもしれない、そんな思いがないまぜになっていた。


その頃、決まりきった毎日で家と学校の往復が仕事の私たちは、登下校に話すのが日課になる。

登校時はまだ寝ぼけているのか、挨拶以外は余り話さない、下校時は美恵子も絶好調で話してくる。

「あたしね、○○君に手紙書こうと思うの。」まただ、いつも違う名前、惚れっぽすぎるのよね。

「さやかもさ、好きな人いないの、手紙書いたりしたらいいじゃん。」良かれと思って説教する親戚のおばちゃんみたいだ。

美恵子は叔母ちゃんじゃないから許すけど、心の底では止めてよ、したくないんだと言葉が淀む。

何時からだろう、普通は男の子が好きになるのに、自分は女の子が好きになるって分かったのは。

自分の中にある気持ちは人には言えなかった、募る気持ちは大きくなっていても、それを失うのはきっと直ぐなんだ。


手紙を書こう、思ったのは美恵子に言われたからじゃない、好きな人と自分に好きと言ってやらなければ、大人になれないような気がしていたからだ。

手紙には一言書いた。

「貴女が好きです。」

彼女に渡せなくても、自分に言い聞かせるための手紙、生きていくのに必要な物だった。

家に帰ってリビングに鞄を置くのが日課で、その日も鞄を置いて食事の手伝いをしていた。

後で部屋に持っていこう、そこで自分の手紙を見るんだ。

「お父さん、さやかがラブレター書いとる。」母が鞄から手紙を出して、ヒラヒラさせている。

「さやかも年頃やからな、ほっといたれ。」父が言う。

『止めて、見ないで。』叫びそうになる声を喉で押し殺して、顔は引きつっていただろう。

「貴女って書いてるけど、これじゃ女の人に出すラブレターになっちゃうのに。」ハハハと言いながら手紙を見ている。

違っていると言われて、笑い声を背に自分の部屋に入る、誰にも言えない思いは部屋で抱きしめよう。

いつもながらデリカシーが無い、母は子供に何を言っても、何をしても許されるのだと思っているようだ。

この手紙は私の行き当てのない気持ちが入っている、抱きしめた手紙は何時の間にか文字が滲んでいる。

渡せない手紙、気楽に渡せる手紙だったらよかったのに、同性が好きだなんて言いずらい。

言ってしまったら何もかも変わるかもしれないのだ。

鞄から出した手紙は誰にも解らないように、好きな本の栞にした、いつも持ち歩いている本だ。


朝が来ると全てが変わった気がする、この家は私の家じゃない、ここに置いておく気持ちは無かったのだ。


「おはよ。」美恵子の匂いがする、私にとっては禁断の香り何だろうな、こんな苦しいものは何処かに飛んでいけばいいのに。

「おっはよ~。」禁断の匂いが纏わり付いて、私の気持ちを波立たせている。

昨日とは違う朝、自分を再確認した日、私の本当の生は今日始まったのだ。


今では遠い昔の私が時折蘇って来る、親元も離れて一人で生きて行くのは、大変なようで精神的には安全なのだ。

「おはよ。」小さくて短い挨拶は今では無い、当然抱き付いて来る誰かも居ない。

私は只淡々と自分の性を生きて、体と心をなだめ様としている、誰にも触ったりせずに。

美恵子が誰かと結婚して、もうお母さんになったのだと、フェイスブックで知った、手の届かない思いは身体に溜めて、いつか誰かに吐き出すかもしれない。

今はそう思っている。



文を書くのを芸にしたいと思っています。 頑張って文筆家になります。 もし良かったらサポートお願いします。 サポートしていただいたら本を買うのに使います。 ありがとうございます。