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駄々を捏ねる

私には中学から今まで仲良くしている唯一の親友がいる。理華子。先日久しぶりに夜な夜な長話をする時間をもった。私には、話題にはしないことにしているものの、彼女との印象的な思い出がある。時々思い出して、そんな時期もあったな、と1人で懐かしく愛おしくなる思い出だ。

今から12年も前の話だが、成人式の日のこと。彼女と一緒に行く約束をしていて、会場への送迎は私たちの母同士が分担してくれた。行きの運転は理華子母が担当してくれることになっていた。朝早く美容室で着付け・ヘアセットをしてもらった私は母の車で理華子宅へ向かった。帰りの迎えを担当してくれることになっていた私の母とはそこで一旦別れ、私たちは理華子母の運転する車で約20分ほどする会場へ向かった。事件はその道中に起こった。

理華子が突然「やっぱり行かない」と言い始めたのだ。
彼女の言い分はこうだ。「成人式に行けば中学の同級生に会わなければならない。大学に行っている子たちはバイトにサークルに楽しく過ごしている。短大や専門学校に進学した子たちは皆もう就職が決まっている時期だ。一方で専門学校に行ったのに未だ就職が決まっていない状況の自分は、皆の充実ライフの自慢に付き合うのはうんざりだ。成人式は今が楽しい人たちだけで参加すればいい。」そう言って、引き返すと言い始めた。
なるほど、気持ちはわかる。調子の悪い時に降り注ぐテンションの高い「久しぶり〜〜〜」ほどしんどいものはない。とりわけ成人式など仲の良い人もそうでない人も一緒くたに集められる空間でのあれは無差別の通り魔に近い。理華子の状況を考えれば心底理解できる。

「今さら何言ってるの!!!」とプチキレ気味の理華子母(娘の友人を乗せているので我慢したのだろうが私がいなかったら結構しっかり目に叱られたのでは?)と、隣に乗ってどうしていいのか分からない私、そして駄々を捏ね始めてしまったので引くにひけなくなっている理華子。そして私もだんだんと焦り始める。
私も帰るのだろうか?振袖を着て髪をアップにしたこの格好で、明らかに成人式が始まっている時間に住宅街に降臨するのか?めちゃめちゃ恥ずかしいではないか…どこからどう見ても何か事情のある人では…?そして、当時短大生だった私も大学への編入が決まっていて、理華子にとって「近い将来には不安を感じておらず能天気に成人式に行こうとしてる女」に見えているのでは?はて、どうしたものか…


そんな焦りの中、私は思い出した。そういえば、私も成人式なんて行きたくなかったことを。大学への編入試験があったといえばそうなのだが、成人式自体には関心も何もなく、成人式1ヶ月前になりようやく振袖を借りに行ったくらいだ。卒業式の袴を借りにこられたのでは?と衣装屋さんにも聞き直されるレベルで、その時期になっても振袖を用意していない成人なんて世の中にはいなかったらしい。成人まで育ててくれた親への感謝の気持ちはもちろんあったとして、集団が苦手な私にとってそれと成人式への参加は別問題だった。ただ、欠席する勇気もなく、渋々参加するテンションだった。
理華子の就職先が決まらない悩みも知っていたし、私も成人式に行って再会したい友人などいなかった。だって理華子の他に地元に友人がいないのだから。振袖を着てその姿を母に見せたことと、朝に玄関で理華子の顔が見れたことで、私の中での成人式は終わっていたのだ。

そんなことを考えているうちに、私の関心は、この親子の痴話喧嘩がどこに向かうのか?に変わっていた。理華子がどこで駄々に区切りを付けるのか、帰るなんて言い始めてしまったものだから引けなくなってしまったこの状況にどう決着を付けるのか、ただその時を待った。文字通り20歳をすぎて、機嫌が悪いことを理由に駄々を捏ね始めたことに反省を覚え始め、きっと本人が一番焦っていることだろう。この格好で本当に引き返せるわけなんてないのだから。

結局は不毛なやり取りに決着がつかないうちに会場に到着し、寒いだのつまらないだの文句を言いながら成人式に向かったのだった。
とはいえ、私と理華子は違う生き物で、理華子は好かれるタイプだ。会場に到着してしまえば、数年ぶりに会った中学の同級生とちゃんと会話を弾ませる理華子。誰との間にも軋轢をもたないし、喧嘩もしないし、皆んなにニコニコして相手が気持ちよくなる会話をしてその日を終わらせる。いつも内と外をきちんと使い分ける理華子の方が私と比べて幾分か大人であることを、折に触れて改めて実感する。ちょっと前までの駄々を微塵も感じさせない社会性を発揮して見せていた。
そして外ではついニコニコしてしまう理華子が、私の前では堂々と駄々を捏ねてくれることに、愛が深まる思いだった。

成人式では大人しく座ってただ時間が過ぎるのを待ち、帰りに二人でプリクラを撮りに行って、帰りに迎えにきてくれた私の母の車に乗り込む頃には理華子の機嫌はすっかり治っていて、別人のように礼儀正しい友人をやってくれていた。恐るべし。
そんな彼女とは今年で出会って20年になる。

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