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覚悟のもんだい

〈はじめに〉
※これから語られる言葉は少し長いかもしれませんが、なんども読み返してください。
※できれば声に出して読んでください。文章のリズム、語感がしぜんと身につきます。

さまざまな角度から、おそらくいままでに聞いたことのない説明とともに、文章を書くにあたって考えておくべきことを、たくさん学んできました。

 文章を書くという行為は、人間が人間らしく生活しはじめた最初のころから、きっとあったはずです。古代エジプトのヒエログリフは「文字」といえるものであり、すなわち、古代エジプトには、文字が連なって意味をなしている「文」があったことを示しています。もっと時代をさかのぼると象形文字と呼ばれるものがありました。これもやはり「文字」であって、いくつかの象形文字が並べられて、ひとつの「文」をつくっています。さらには、先史時代のラスコーやアルタミラの洞窟に残された絵も、いわば、「誰かが誰かに何かを伝えたくて書いたもの」という意味で、絵という「文字」を使ってつくった「文」といえるでしょう。

 いまの私たちが、いまのような生活をするにいたるまでに長い歴史の根っこには、言葉を目に見えるカタチにした「文字」があります。そして、長い歴史のいちばん端っこにいる、いまの私たちと、わたしたちの前にいた多くの人たちを、時間的にも空間的にも離れた存在であることを超えて、ひとつの糸でつないでいるものがあるとすれば、それは文字なのです。もし私たちが文字をわすれてしまえば、私たちは根っこのない浮き草のように、浮遊し、自分の意思とは関係なく、どこかへ流されていってしまいます。

 どうか、文字を大切にしてください。文字を大切にするということは、「文」を大切にすることです。文が連なった「文章」を大事にしてください。自分の文章を大切にしてください。それと同じように、誰かが書いた文章を大切にしてください。自分が自由でありたければ、自由に文章を書くことです。同じように、誰かが自由でありたいと願って、自由に文章を書くことを認めてあげてください。

 人間の歴史は文字とともにあります。ですから、人から文字を奪うことは、人間であることを奪うのと同じです。文字は自由です。文章は自由です。そして、自由とは、だれにとっても自由であることを含んでいます。自分だけが自由、というわけにはいきません。「自分」という存在が、自分以外にもいるのだ、と気がついてください。文は人なり。何度も繰り返します。人の数だけ、文があります。文とは人なのです。


◎覚悟のもんだい
 いい文章、上手な文章。かっこいい文章、きれいな文章。読みやすい文章、硬い文章。どうやったら、そういう文章が書けるようになるか、そればかりを考えてはいませんか。もちろん、文章を書くためのスキルやテクニックを身につけることは必要です。しかし、どうすれば文章の書き方が上達するかを考える前に、まず、どんな文章を書ける自分になりたいかを想像することからはじめてみてはどうでしょう。

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