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  • 特に何も起こらない話

    私小説風の短いやつです。特に何も起こりません。

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みんな純粋なんだ

〜タケルくんの最期の気持ち さっきまであれだけ苦しかったに、急に息をするのが楽になってきた。なんだかねむたくなってきちゃった。お母さんの友だちだというサトシおにいちゃんの鬼のような顔がうっすら見える。ああ、僕はこのサトシおにいちゃんによく殴られたなあ。火のついたタバコを手に当たられたこともあったし、寒い日にパンツだけでベランダに出されてホースで水をかけられたりもした。プロレスだと言って投げられたこともあった。ご飯ぬきにされるなんてしょっちゅうだった。シツケだという理由でほんと

    • 掌外沿を黒く塗れ

      ボールペンを持つ手を止めてはじめて、ラジオの深夜放送が終わり、スピーカーからは微かなノイズが流れていることに気付いた。日曜日の夜、正確に言えば月曜日の早朝は番組の終わる時間が早い。僕はラジオの電源を切った。カーテンの隙間から寒そうな暗闇が見える。大学入試まであと二ヶ月を切っていた。 机の上のノートには yield という単語が並んでいる。頭の中で 「ホイールどうぞと明け渡す」と語呂合わせをしながらボールペンで書いたものだ。筆記と語呂合わせが自分にとっては一番合う記憶方法だと

      • 短編【カモフラージュスポットライト】

        ビル群とその間を真っ直ぐに進んだ先に見えていた青い空が突然遠近感を失った。 ビルの壁、窓ガラス、アスファルト、走る車、その先にある空。それらが放っていた色のひとつひとつが独立した、ただの色の塊になる。 その塊が色の濃度を上げ、一斉に、目に飛びこんできた。 眩暈がして足を上げられない。 歩道橋を歩く人たちに背を向け、僕は足を引きずり手摺に手を伸ばし、しばらくじっとして呼吸を整えようとした。 歩道橋の下の道に目をやると信号に合わせて東西南北へと動く車の流れが見える。車の動

        • 短編【あれ以上のもの】

          二九歳の今年、俺は不動産会社を解雇された。 新卒採用で営業職として七年間勤めた。会社は二年連続の赤字決算でリストラ開始が噂されていたけど俺がそのリストに入れられているとは思ってもみなかった。 大学時代はバンド活動にあけくれた。二年生のときに大学内で出会ったメンバーと組んだバンドでプロを目指し積極的にライブ活動を行った。俺はギター・ボーカルだった。ワンマンではなかったが夏休みには主要都市のライブハウスを回るツアーの真似事もした。 四年生になったころからメンバー間に微妙な齟齬

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        • 特に何も起こらない話
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          9本

        記事

          ショートショート【熱いアーティスト】

          「本当はこんなこと言うのはかっこ悪いんだけど」 そのアーティストはギターを担ぎマイクを握りながら、このステージに立たせてもらえたのはファンのみんなのおかげであり、心から感謝していると言った。 「言葉より次の曲は音でみんなにありがとうを伝えるぜ!」 ギンギンガンガンロックフェス。略してギンガンロック三日目の今日、五バンド目にステージに立ったバンド「アディオスンニ」のボーカル、コモヤンが一曲目を終えた際のMCだ。 三曲目が終わりコモヤンがまたマイクを握った。 「俺たちアーティ

          ショートショート【熱いアーティスト】

          ショートショート【死後の保険】

          死ぬのが恐い。 死んだらどうなるのだろう。 もしあの世があって、地獄に落ちるようなことになったら。 そう考えると夜も眠れない。 宗教に救いを求めようと思った。 厳しい修行を積んで悟りを開くというのは私の能力では限界があり無理だ。 凡人の自分でも簡単に救われる教えはないものか。 できるなら二つか三つ信仰しておきたい。 はずれを無くすために。 しばらくして素敵な教えを二つ見つけた。 ひとつはキリスト教だ。 イエスを救い主として受け入れるなら、特別な努力をすることなしに罪は滅

          ショートショート【死後の保険】

          短編小説【大御所とはいえ、その攻め方は難しい】

          七五歳にして三〇回目の来日。 その大御所アーティストは何度も武道館でコンサートを行ってきた。 年齢のこともあり、これがいよいよ本当に最後の来日公演になるだろうと言われている。会場は満席だった。 私は友人とともに正面から少しはずれた二階席の真中あたりで開演を待った。 ステージが明るくなり歓声があがる。ギターが鳴り響いた。 大御所アーティストはいつものようにステージ中央にギターを抱えて立っている。 聞いたことのないイントロだった。きっと新曲だ。二週間後に新しいアルバムが発

          短編小説【大御所とはいえ、その攻め方は難しい】

          ショートショート【作品として】

          「娘にしたい子役ナンバーワン」と呼ばれ、清純派女優として活躍してきた装脱衣子(そうだよりこ)三〇歳がついに作品のなかで脱いだ。 映画『愛。追う。烈号』の上映試写会の日。衣子は舞台挨拶に立った。 「みなさま、本日は私が主演をつとめました映画『愛。追う。烈号』の試写会にお運びいただきまして、まことにありがとうございました。 一部では清純派女優がついに脱いだということで話題になっているようではございますが、そういったことより何よりも私が演じます主人公、ストリッパー桃子の生き様

          ショートショート【作品として】

          ショートショート【こんなはずじゃ】

          右へならえが耐えられなかった。 みんなと同じことを、そつなくこなす。 それができたら褒められる。 何かがおかしい。 息苦しい。 そう思いながらも、自分の感じている疑問にどんな意味があるのかわからず悶々としていたある日、ラジオから聞こえてくる音楽にすべてを持っていかれた。 歪んだギター、タイトでスピード感のあるドラム、重いベース、ハイトーンのボーカル。 これだ、と思った。 感じていた窮屈さの意味がわかった。 人と同じである必要はない。自分らしく生きるんだ。 俺は

          ショートショート【こんなはずじゃ】

          ショートショート【悪いんです】

          知名度だけで選挙に当選し話題作りばかりでまっとうな活動をしない議員が増えていることに対して政治評論家はいう。 「本気で任せたい人がいない。それこそが問題です。政治が悪いんです」 強盗殺人やオレオレ詐欺など若者が凶悪な犯罪に手を染める事件が増えていることに対して政治評論家はいう。 「短絡的にしか自分の人生を考えれない。将来に希望が持てないんです。政治が悪いんです」 貧困層が増えていることに対して政治評論家はいう。 「一億総中流時代なんて遠い昔の話しです。政治が悪いんで

          ショートショート【悪いんです】

          ショートショート【潔い釈明】

          オリンピック金メダリストで現在ではテレビのコメンテーターとして活躍する不破倫子が既婚者の男性と手をつないで歩いているところを写真週刊誌に撮られた。 その写真が撮られたあと、二人は近くのビジネスホテルに五時間ほど滞在して出てきたという。 不破倫子にも旦那がいる。子どももいる。ダブル不倫である。 不破倫子は以前ある既婚男性芸能人が二人の女性と浮気をしていた件に関してテレビ番組で舌鋒するどく批判したことがあった。 曰く「女の敵」「ケダモノ」「公の場所に二度と顔を出すな」「歩く○○

          ショートショート【潔い釈明】

          ショートショート【無理やりだったんです】

          ボクシング、空手、キックボクシング、総合格闘技等々。 ルールはあるがこれらはあくまで暴力である。 暴力がスポーツとして容認されているなど、重大な人権侵害である。 そういう意見がここ一〇年で幅を効かせてきた。 格闘技もスポーツだ。必要なガス抜きだ。などと擁護しようものなら、差別主義者、民族主義者、野蛮人と避難されるのだ。 そのうち『格闘技試合出演被害者防止・救済法』という法律が成立された。 きっかけとなったのは一人の元格闘家の訴えだった。 その格闘家の証言を紹介した週

          ショートショート【無理やりだったんです】

          ショートショート【俺の勇姿】

          「いらない! いや!」 玄関に入ると、奥のリビングから娘の声が聞こえる。 二歳を過ぎた娘は妻のいうことになんでも反抗するようになっていた。 「ただいま」リビングに顔を出してみる。 「あら、おかえりなさい。早かったのね。さあ、ご飯を食べようねえ」 娘は妻がご飯を食べるようにいっても、聞かないようだ。 「今日の質問はうまくいったの?」 俺は革新派野党所属の国会議員だ。今日は国会質問の日だった。 「ああ、俺の質問を受けたときの総理の表情といったらなかったよ」 先日総

          ショートショート【俺の勇姿】

          短編【どこにいても素晴らしい、美しい】

          日向にいれば半袖でじっとしていも寒くない季節になった。 桜は散ってしまったが、木々に緑の葉が輝いている。 葉に隠れ、枝に止まる鳥たちの規則正しい鳴き声と、不規則な鳴き声の間の躍動感に自由を最大限に享受する命の喜びを聞く。 出し惜しみのない生命の力強さを、道端に咲く名も知らない花の複雑でありながら整えられた形状と色の鮮やかさのなかに見る。 電線によって区切られることのない一本道に沿って伸びる水色の空は高い。 一歩外に出れば、たとえ都会の中であろうと、自然は無償で無性に

          短編【どこにいても素晴らしい、美しい】

          短編【幸せになりたいだけなのに】

           なぜわたしがみんなに叩かれないといけないのか。  SNSにはわたしの悪口ばっかり。まったく意味がわからない。わたしはただ幸せになりたいだけなのに。離婚したとはいえまだ若いんだから恋をして人生を諦めずに輝こうとすることのどこが間違っているというのだろう。幸せになろうとするのが悪いことのはずはない。わたしだけ毎日泣いて、後悔しながら生きていけとでも言うのだろうか。誰でも幸せになる権利はあるはずだ。    子どもの親権を元夫に簡単に渡してしまったという理由でわたしを鬼のように言う

          短編【幸せになりたいだけなのに】

          短編【自分の匂いを嗅ぎ続けた日の話】

           窓の外が暗くなってきた。日没はまだのはず。雨だ。急いで洗濯物を取り込む。  手に触れる洗濯物は湿っていた。二時間ほど前に確認したときよりも湿り気は増していた。あと少しだけ干しておこうと考えたのが間違いだった。天気予報では雨だと言っていたのになぜあのとき取り込まなかったのだろう。 「おまえの服、なにか臭いよ」  高校生のとき、学校について朝一番に友だちから言われたことがあった。  自分でもなんとなく感じていた。着ている服からいつも生乾きの匂いがする。でもそれまでは誰からも指

          短編【自分の匂いを嗅ぎ続けた日の話】