人の形①
高校を出て社会人になってから数年後、学生時代から続いていた恋が壊れそうになった。それが原因だった訳ではないけど、同時に仕事も続けられなくなって辞めてしまった。
大人はなんて息苦しいんだ。
実家暮らしとはいえ、生きていかなきゃ生きてはいられない。
しんどい、休みたい。無職の今ならいくらでも休める。ご飯は食べさせてもらえる。でも、そういうわけにはいかない。ここで休んだらずっと何もできなくなりそうで恐い。昼と夜も必ずひっくり返る。だったら早く就職しなきゃ。
そう思った瞬間から、朝起きてタイムカードを押しに行くまでのしんどさが体を襲う。大人はなんて息苦しいんだと、心の底から思う。
彼女との思い出がたくさん欲しかった。結婚もしたかった。だからお金がいっぱい必要だと思った。それが大学に行かなかった理由の全てではなかったけど、僕はまるで生きる理由を全部失った。
「ホストやる?」
誰かが真剣な顔をして馬鹿げた話を持ってきた。お酒も飲めないし話も得意ではない。絶対に無理だと思った。
大人になって覚えたことは馬券の買い方くらいで、学生の頃と何も変わらずにゲームが好きだった。それが唯一の楽しみだった。
そのゲームのイベントの帰り道、小銭を数えてから駅前のコンビニに入った。好きなチョコのお菓子を1つだけ買ってレジの列に並ぶ。
店内は少し混雑していた。ようやく僕の番が来た時、強い香水の匂いと共に割り込んできた髪の長い女性が、僕のチョコの横にドリンクとカロリーメイトを並べた。
「これとそれ、お会計一緒で」
女性は急いでいる様子でそう言った。店員も僕もすぐに理解ができなくて、女性はもう一度急ぎながら説明をしていた。
つまり僕はチョコを買ってもらい、女性は列を並ばずに済んだ。僕はお礼を言うために女性を追いかけた。彼女はタクシーを探している様子だった。
「あの、すいません!」
「何っ?」
僕の声に振り向いた女性は、とても気の強そうな顔をしていて、なんだか少し怒っている様子でもあった。
「あの…ありがとうございます。いいんですか?あの…お金返します」
「そんなのいらないわ」
「あ、あの…じゃぁいただきます。ありがとうございます」
僕がお礼を言った後、女性の前にタクシーが止まった。たぶん、その時の僕はその女性をじっと見ていた。
「可愛い顔ね。一緒に乗る?」
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