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【小説】 亮介さんとあおいさんとぼくと 2/30

「亮介さんは、大学生のころに戻りたいっておもいますか?」
とぼくは聞いた。

「おおん、そんなこじらせること言うんじゃないよ。どうした、エモが足りないのか?」

あいかわらず、亮介さんはクセが強い。「こじらせる」というのは一般的な言い方では、「かぜをこじらせる」というような病気のときにつかうものだ。

だが、彼のなかでは、「エモをこじらせる」という使い方で、懐かしむとか、感傷に浸るとか、センチメンタルになるとか、そういう意味合いでつかうようだ。

ちなみに、「エモ」というのは、英語の「エモーション」からきている。彼が「エモ」ということばをつかうときは、なんらかの感情がこみあげているということだ。

亮介さんは、じぶんの感情を具体的に説明するのを、恥ずかしいのからか、めんどくさいからか、「エモをこじらせる」「エモくなる」「エモい」などということばで、いろんな気持ちをごまかしているところがある。
そのことばをつかうたびに、意味が微妙にちがっていたからだ。

「この年になると、むかしのことでエモをこじらせることはあるんですけど、いまを生きるためのエモが足りないんですよね」
とぼくは言った。

「お主、そんなことじゃ、一生情熱大陸に出られないぞ」
となんだか説教くさい亮介さん。

「亮介さんは出るつもりなんですか?」

「そこを目指して生きるのが人生というものじゃ」

 

といって、彼のお気に入りのサッポロ黒ラベルをのんだ。彼はとりわけ、お酒に関しては、がんこなのだ。黒ラベルがのめない店だと「わしをスーパードライで、極度乾燥させる気か」といってごねる。

本日も、ご多分にもれず、店を探してさまよったのである。といっても、世の中には、けっこうな数のサッポロビールがあふれているので、途方にくれたことはない。

ただ一度だけ例外があった。それは、あおいさんと亮介さんとぼくで、五條にいったときだ。運転免許をとって浮かれていた亮介さんが、ぼくとあおいさんを連れて、ドライブに出かけた。

浮かれた勢いそのままに、兵庫から大阪をこえ、奈良までいってしまったのだ。ぼくの実家に泊まったのだが、近くの居酒屋にいくと黒ラベルがなかった。

この店を除くと、近くに居酒屋はなかったので、亮介さんは、キリンの一番搾りを飲むことになってしまい、終始不機嫌だった。


ーーー次のお話ーーー

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