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【小説】 亮介さんとあおいさんとぼくと 3/30

「日下部、きみはむかしの方がよかったとおもうかい?」
と今度は亮介さんから聞かれた。

「うーん、どうですかね。そんなにかんがえたことないです」

「わしは、むかしがよかったっていうやつは、その話をした瞬間から信用しないようにしている」

「ずいぶんときびしいですね。過去にこだわりすぎるのはよくないとはおもいますけど、信用しないというのはやりすぎじゃないですか?」

「いやダメなんだよ。どうしてかっていうと、そいつの人生は過去にしか軸がなくて、今を一生懸命に生きてないんだよ。そんな人間のために、じぶんの人生の貴重な時間を浪費するのはいやなんだ」

「そうなんですね」

「そうなんだぜぇ。あのな、わかるか?人生にのこされている時間は有限なんだぜ。おれにはさ、もっとほかにやりたいことがあるんだよ。おれの人生の前進にすこしでも役に立ってくれないと困るんだよ。

だからさ、過去にとらわれたやつの人生なんて、つきあっているだけ時間のムダなんだ。お前だってさ、そうおもうだろう?」

どうなんだろう。じぶんでもよくわからない。

「亮介さんは、そんなことをかんがえながらお酒飲んでるんですか?」

「いや、あおいがそんなこといってたなあ、とおもって」

「そういうことですか。話戻しますけど、むかしに戻りたいっておもいますか?」

「まーん、むかしのことを語るとこじらせるからやめてくれ」

といって黙ってしまった。いつものことである。

亮介さんは、この手の話をいやがる。だが、なんだかんだ最終的にはしゃべってくれる。とりあえず、なにか、いいにくいことがあることをアピールするのが彼の性分である。

おそらく、彼の場合、過去をふりかえらないで今を大切に生きる、というよりもむしろ、過去にふたをして、過去から目をそむけて、無理やり前へ進もうとしている。そんなかんじがする。

「きみとぼくが今ここにいるのはカルマだからさ」

沈黙のあと、亮介さんがボソッともらした。なにをいいたいのかよくわからないけれど、彼なりに思うところがあり、なにかを伝えたかったのだろう。


また、しばらく沈黙があった。


ぼくはサッポロビールを飲んでいた。
すると、亮介さんが急におどりだした。行進をするように足を高くあげながら、頭の横で手拍子をうっている。まわりの目が痛い。意味がわからない。

そして、彼はこう言った。

「人生なんて、介護施設におくられる年になったときに、どれだけ若い人にエモい昔話ができるかどうかなんだよ。もちろん若人には、愛想笑いをされて、めんどくさいジジイだな、とおもわれるだろうけど」


ーーー次のお話ーーー

ーーー1つ前のお話ーーー



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