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リレーストーリー「引っ越し仕事人#6」

第6話 めぐる疑惑

粉々になった香炉。
これでは、底に刻まれていた家紋らしきものの判別が出来ない。
昨日、写メを撮っておけば良かった、と新井は思ったがそれは後の祭り。
香炉の持ち主を探す手掛かりは無くなってしまった。
しかし、どう考えても、自分が酔って割ってしまったとは思えない。
酔って誤って落としたのならこんな粉々にはならない。
明らかに誰かが意図的に粉々にしたのだ。

一体誰が?

考えてもさっぱり分からない。
新井はひとまず床に散らばった香炉の破片を片付け始めた。
ふとキッチンの戸棚の上を見ると、何かいつもと違う感じが。

その理由はすぐに分かった。
無いのだ、いつもそこに置いてあるものが。

えっ・・・

翌日、いつもの様に香川とタッグを組み、引っ越し業務を終えての帰り道。
鼻歌を歌いながら運転をしている香川。
窓の外を見ていた新井はその視線を香川に移し、
「この前の香炉、覚えてるか?」
「あれでしょ、西田の家から盗んだやつ。あ、早く持ち主探しに行きましょうよ! 泥棒の後は探偵っすね!」
「それが、無理なんだよ」
「なんでっすか?」
「朝起きたら粉々になっていたんだよ」
「えー、マジっすか⁈ 俺、やばいなーって思っていたんすよ。先輩、ベロベロだったから」
「ベロベロだったのは認めるが、違うんだよ、どうも様子が」
新井は香川に自分が発見した時の香炉の状態を説明した。
黙って聞いていた香川が説明を聞い終えると、ニヤリと笑いながら、
「もう一度、盗み行きますか?」
「無理だろ、もう警察が押収しちゃっているよ」
「なんだよ、つまんねえの」
「盗むの、楽しくなってんじゃねえよ」
「あのスリルは、引っ越し屋じゃ味わえませんからね」
「引っ越し屋やってたから味わえたんじゃねえか」
「あ、そうか!」
ったく、こいつは。
新井は視線を再び窓の外に移した。
もう一つあるものが無くなっていたことは話さずにおく。
「おい、車戻したら一杯行くか?」
「もちでーす!」
香川はアクセルをグッと踏み込んだ。

「お疲れっすー」
香川はビール、新井は生搾りレモンサワーで乾杯。
目を瞑ってゴキュゴキュと喉を鳴らしながらビールを飲む香川。
こいつは、ホントいつも美味そうにビール飲むよな。
そんなことを思いながらレモンサワーのジョッキに口をつけた新井の目に、どこかで見た顔が入ってきた。

「おい、香川、あれって?」

プハーッというと同時に目を開けた香川は、開けると同時に新井がジョッキで指す方向を見た。
「刑事さんじゃないすか、西田の部屋に踏み込んできた。確か、名前は、そう、前田明!」
「なんでこんなところに」
「刑事だって居酒屋来るでしょ。ん、いや、先輩、ヤバイかも」
「なんだよ」
「尾行っすよ、尾行。バレたんじゃないすか、盗んだの」
「マジか?」
「ここは下手に動くと逆にヤバイですよ、気付かなかったフリしていましょう」
「おう・・・」
返事をした瞬間、新井は前田と目があった。
向こうも気づいたようで、立ち上がってこちらにやって来た。
「先日は、どうも捜査にご協力頂きありがとうございました」
「いえ、こちらこそ、貴重な体験をさせて頂きました」

「刑事さん、もし良かったら一緒に飲みませんか?」
と香川。
思わず香川の方を見る新井。
「あ、よろしいんですか?1人で飲んでいてもつまらないな、と思っていたとこなんですよ」
「どうぞどうぞ」
「じゃ、グラス取って来ます」
前田刑事はそれまでいたテーブルに向かって行った。
「おい、香川、どういうつもりだよ」
「作戦ですよ、先輩。これで、飲ませて情報聞き出したら、俺らが疑われているのかどうかわかるでしょ」
「そんな簡単に刑事が酔って口割らないだろ」
「とにかく、あ、戻って来ましたよ」

「盗難届を出した奴が、皆取り下げちゃったんですよ。それじゃあ、捜査なんて出来るわけないでしょ〜」

飲み出して1時間。
前田刑事ははっきりと酔っ払い、あっさりと捜査状況を話し出した。
彼によると、一度出た盗難届を本人達が皆取り下げに来たのだという。
話を聞いてみると皆、身内が盗難届、被害届を出しており、当の本人はそんな届けを出す気はさらさら無かったというのだ。
「これじゃあ〜、あいつを逮捕する理由がないんですよ」
前田刑事、かなりフラストレーションが溜まっていたようだ。
その後も捜査が出来ない愚痴を散々話した後、パタリと眠ってしまった。
愚痴大会はなかなか受け切るのが大変ではあったが、自分たちが何か怪しまれているわけではないことがハッキリして、新井も香川もホッとしたのだった。

2日後―――
新井と香川はある屋敷に呼ばれていた。
その屋敷の主の名は、「香川」。
そう、その屋敷は香川の実家なのである。
車を停めると2人は屋敷に入っていった。
その時だった、新井は気づいた。

あの時と同じこの嫌な気持ち、これは一体何なのだ?

(つづく)

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