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リレーストーリー「引っ越し仕事人#3」

依頼主の「秘密の思い出の詰まったモノ」を嗅ぎつけてしまう
特殊?な能力を持った“引っ越し屋さん“。
その能力故に、ある事件に巻き込まれて・・・。

第3話 元教師の引っ越し

新生活がスタートする4月。
この時期に備え、3月は引っ越し業界にとっての繁忙期だ。
もちろん、新井淳一が勤務する『スマイル引っ越しセンター』も例外ではない。

「先輩、今日で6連チャンですよ! パチンコ台なら大歓迎っすけど!」
「贅沢言うんじゃないよ。オレの若い頃はさ、3月なら10連チャンは当たり前。最高で15連チャンってのがあったな。今、思うと完全にブラックだけどな」

依頼人の家へ向かう途中、新井は車内で愚痴る新人の香川をなだめた。
しかし、心の中では新人に昔話をした自分を恥じる自分もいた。

「オレも歳を取ったのかな……。自分が経験したイヤなことは、後輩に押し付けないと誓ったのに」

人材の育成は“相手を思いやる気持ち”が第一だ。
新井は、
「ま、こいつは、オレの発言を気にもしてないから大丈夫だと思うけど」
と気楽になる。
そんな時だ。

「先輩、道すいてますし、交通情報は大丈夫でしょ! ラジオ、中央競馬に変えてもいいっすか?こんな時は勝負しないとやってられませんよ!」

新井の中で、ひょんな思いがもたげる。
もしかたら、こいつは将来、会社を背負って立つ大物になるかもしれない、と。
それくらいに香川は規格外なゆとり青年だった。

そうしている内に依頼者の家に到着する。
本日の依頼者は、マンションで1人暮らしをしている男性だった。
「西田と申します。忙しい時期にすいません。3月まで教師をしていましたが、定年退職することになりましてね。田舎に引っ越して、夢だったプチ田舎生活を楽しもうと思っているんですよ」
「そうだったんですか。了解しました」
と新井。
「それはご苦労様です。今回の引っ越しは、第2の人生をスタートさせる記念日ですね! 頑張らせてもらいます!」
香川も元気に応える。

エレベーターの養生作業をしながら香川が話しかける。
「先輩、僕の勘ですけど、西田さんって立派な先生っすよ! 話し方でわかります!」
「オレも同感だ。物腰柔らかいし、恩師と慕う生徒は多いはずだよ」

養生作業を終え、部屋の荷物を運び出す。
「すいませんね、年寄りの1人暮らしなのに荷物が多くて」
「いえ、気遣いは無用ですよ。これが僕らの仕事ですから」
新井は作業を進める。

いい雰囲気で話している中、香川が会話に割り込んだ。
「西田さんは、ずっと1人暮らしだったんですか?」
その瞬間、新井は香川を睨みつける。
西田の優しい眼差しの裏に、恐らく辛い過去があると直感したからだ。
「引っ越し屋さん、そんな怖い顔しないで。好奇心があって聞いたことですから、些細なことで怒らないで下さい。生徒を育てるには『相手を思いやる気持ち』が大切。会社の後輩だって同じですよ。あ、辞めた教師が偉そうにすいません」
新井はハッとした。
人材の育成は“相手を思いやる気持ち”。
同じ指導方針だった。
そして、それを破りそうになった新井を見透かしたかのように優しい言葉で戒めてくれた。
これは偶然ではなく、神様が結びつけてくれたご縁に違いないと新井は感じた。

「そうそう、1人暮らしの件、まだ答えていませんでしたね。こんな私にも妻がいましてね、いろいろ支えてくれたんですが、2年前に亡くなったんですよ。全然大丈夫ですから、気にしないで下さいね」
さすがに鈍い香川もバツの悪そうな顔になった。

作業を続けていると、高価な香りがプンプン漂う骨董品のコレクションが目についた。
「たくさんの骨董品がありますけど、ご趣味で?」
「そうなんですよ。教師という仕事がら、いろんな場所に転勤しましてね。もともと骨董品が好きで、その土地土地で見つけたモノを集めることが趣味なんですよ」

新井はあるモノが気になった。
それは古びた急須だった。

「西田さん、この急須、特別な思い出がある品物じゃないですか?」
「えっ、なぜ、おわかりに?」

引っ越し業界の長い新井は、知らぬ間に引っ越しの荷物から他人の人生を感じ取る勘のようなものを養っていた。

「西田さんのプライバシーに踏み込むのは引っ越しの契約違反ですが、よかったら急須の思い出、聞かせてくれませんか? 思い出をお話し頂けるなら契約違反ということで引っ越し料金は頂きませんので」
「そんなことして大丈夫なんですか」
「大丈夫です。信じて下さい」
「わかりました。では、お話しましょうか……」

すると、西田は語り始めた――。

今から35年前、大学を卒業して赴任した女子高時代の話です。
当時、私は25歳で初めて3年生の担任になりました。

実は、そのクラスに手のつけられない不良生徒がいましてね。
でも、本当は優しい子で、厳しい指導の中にも“相手を思いやる気持ち”を忘れずに接していたら態度を改めて更生してくれたんです。

そしたら、私に心を開いてくれて、こう言うんです。
「いつも迷惑かけてばかりだったから、家でゆっくりお茶でも飲んで」
プレゼントしてくれたものが、あの急須なんです。

そこからお茶を飲むことが好きになり、骨董品の趣味にもつながっていきました。

で、お恥ずかしい話なんですが……。
その不良生徒というのが、後に私の妻となった運命の女性だったんです。

「そうだったんですか」新井はうなずく。

西田は話を続けた――。

大切な妻だったのですが、2年前、不慮の事故で亡くなりましたね。
そりゃあ、落ち込みましたけど、クヨクヨしていたら天国から怒鳴られそうで。
でも、後ろは振り向かず、今は、前だけを見て生きてますよ。

実は、田舎暮らしって、妻の夢っだったんです。
教師を退職したら、その願いを叶えることが私の務めかなと思いましてね。
で、今回、引っ越しするんです。

――話を聞いて新井は胸が熱くなった。

「わかりました。この部屋の荷物は、西田さん1人分じゃなく2人分ってことですね。大事に運ばせて頂きます!」
香川も感極まった様子だ。

と、その時だ。
突然、怒鳴り声が響いた。

「島本英二! 詐欺及び、窃盗容疑で逮捕する!」

部屋になだれ込む刑事たち。
すると、西田は不敵な笑みを浮かべた。

新井と香川は状況が理解できず、唖然と立ち尽くしていた。

(つづく)

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