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新連載リレーストーリー「引っ越し仕事人#1」

ロンブーの番組をやっていた頃から仲良くしている放送作家さんと3人でリレーストーリーにチャレンジします。
1-3話は、元新宿西口プロレスのレスラーだったゴージャス染谷さん。
4-6話は、私。
7-9話は、脚本家としても活躍するバラエティ界のベテラン鈴木しげきさん。

物語の主人公は、依頼主の「秘密の思い出の詰まったモノ」を嗅ぎつけてしまう特殊?な能力を持った“引っ越し屋さん“。
その能力故に、ある事件に巻き込まれて・・・。

第1話 名もなき引っ越しのプロ

土曜の朝、引っ越し車が裏町の入り込んだ道を走っていた。
新人でドライバーの香川博光が、リーダーの新井淳一にイライラをぶつける。

「依頼者のお宅、この辺っすよね?道が細かすぎてナビ見てもわかんないっすよ」
「まぁな。けどドライバーたるものナビに頼るな。最終的には自分の勘だよ」
「勘ですか!?」
「いいから、運転、代われ」

新井はハンドルを握ると、さきほど入り込んだばかりのこの迷路を、勘を頼りに前へ進む。
しばらくすると、時代に取り残されたような2階建ての木造一軒家が現れた。
その前で依頼者らしき40代くらいの女性が手を振っている。
引っ越し車に気づいて、手招きしているのだ。

「うそでしょ!? ビンゴじゃん!」
香川が驚く。
「『Don't think, feel』考えるな、感じろってこと。ブルースリーも言ってるだろ」
「誰っすか、それ。あ、YouTuberですか??」

香川の的外れな言葉をスルーし、新井は女性に挨拶をする。
「スマイル引っ越しセンターと申します。宜しくお願いします」
新井と香川は、満面のスマイルを見せた。
これがお決まりのサービスなのだ。
「遠くまですいません。きっとこの場所、迷うだろうから玄関に立ってたんです」
「助かりました」
「じゃあ、さっそくお願いね」

今回の依頼は、女性の一人暮らしということで荷造り・荷ほどきまですべて請け負っている。
「荷物が多いからホント助かるわ」
確かに一人暮らしにしては多い、と新井は思う。
「去年までは主人と暮らしてたんだけど、病気で亡くなっちゃたのよ。1年経ったし、このまま広い家にいても寂しいから、アパートに引っ越すことに決めたの」
それを聞いて香川が、
「そうでしたか……。旦那さんとの大切な思い出が詰まった荷物。気合を入れて運ばせてもらいますね!」
と奮起する。

引っ越し作業はコンビネーションが大事だ。
新井は、スマイル引っ越しセンターの女性スタッフ・美波が事前訪問してつくった見積書を確認しながら指示を出す。
そして香川が荷物を運ぶ。
一人で無理ならば二人で運ぶ。

新井は指示を出しながら、亡くなった旦那さんは仕事一筋のマジメな人だろうと想像した。
まず、部屋から煙草の匂いがしない。
家に酒も置いていない。
夫婦でとても丁寧な暮らしをしていたのがわかる。
そして昭和の文化を愛していたのが伝わった。

「この落語のCD、すべて持っていくんですよね?」
新井は確認のために聞いた。
「ええ。ちょっとかさばるけど、主人が好きでよく聴いてたものですから」
「これはどうします?」
「あら、やだ。主人の下着じゃない。捨てて構わないわ」
残したいものと決別したいもの。
他界から1年もすれば整理がつくのたろう。
新井にはそれが職業的な勘でわかるのだが、一応依頼者に確認はとる。

そんな中、作業をしていた新井の手が突然止まった。
視線の先には、スポンジで出来た「アメリカンドッグ」のおもちゃが大量にある。

「これは、どうします?」
「それは、どうしようかしら」
女性は判断できない様子だ。
「あまり見かけないモノですよね? ひょっとして奥様にとって大切なものなんじゃないですか」
「それも主人のものなんですけど……」
落語好きな主人とアメリカンドッグ? 
新井の中で「??」が浮かぶ。
「もし、よかったらこれの思い出、聞かせてくれませんか」
新井は切り出した。
それを聞いて香川は「またかよー」と頭を抱える。
新井はそれをスルーし、なおも続ける。
「もちろん、お客様のプライバシーに踏み込むのは引っ越しの契約違反です。それはわかってます。けど、もしこの品に関することを語ってくれるのなら、違反なので引っ越し料金はいただきません。どうですか?」
「え……引っ越し代がタダってこと?」
「はい。そうさせていただきます」
新井はこの業界が長い。
知らぬ間に、引っ越しの荷物から他人の人生を感じとる勘のようなものを養ってしまった。
そんな新井でも、ときどき判明できない品にぶち当たるのだ。
そんな時は、利益を度外視してでも「もし、よかったらお話を――」と切り出してしまう。
好奇心がまさるらしい。
まだ新人の香川だが、そんな光景は何度も見てきた。
そのたびに見積係、兼経理の美波からこっぴどく怒られる。
なにせ、お金を持って帰ってこないのだから、そりゃ当然だろう。
しかし不思議と香川へのお給料はしっかりと払われている。
その内情については香川自身もよくわかっていなかった。

「もし、よかったら聞かせてもらえませんか?」
「けど、大した話じゃありませんよ。それでもいいのなら」

そう前置きして、奥さんが語り始めた――。

主人は、平日は会社に行き、夜は落語のCDを聞く毎日でした。
休日には寄席に通って、その帰りに大好物を食べるのがささやかな贅沢だったんです。
落語好きが高じて、寄席で知り合った仲間と素人落語会まで開くようになりました。
芸名は「三流亭演歌」。
その名の通り、落語の腕は三流でしたが、仲間から愛される存在でした。

ある日、いつものように仲間たちとの発表会へ。
その日に披露した演目は、「まんじゅう、こわい」。
どんな話かご存知ですよね?
集まった者たちが嫌いなもの――「クモ」「ヘビ」「アリ」などと言い合う中にひとりだけ、「まんじゅうがこわい」という例の話です。
みんなで「あいつ、まんじゅうがこわいなら、たくさんのまんじゅうを投げ込んでやれ」というと、その男は「こわい!こわい!」と言いながらまんじゅうをこっそりむしゃむしゃと食べていた。
じつは、大好きだったって話です。

それを高座に上がった“演歌”は演じていたんです。
「……こんな怖いものは食べてしまって、なくしてしまおう。そうだ、そうするしかない!……」
その途中でした。
突然、主人が高座から崩れ落ちたんです。
落語仲間の1人の方が叫びました。
「ヤバイ、脳梗塞かもしれない! すぐ救急車呼んで! あと奥さんにも知らせて!」

急いで救急車を呼んでもらい、病院に搬送されました。
私も駆けつけましたが、意識は戻らずで……そのまま主人は…………。

翌日、焼香に訪れたお仲間たちがこんな話をしてくださいました。
「演歌ちゃんを送り届けるんだから、笑いで送り出してあげようよ」
「確かに。涙流したって演歌ちゃんは喜ばないね」
「よし、決まった。演歌ちゃんにしか出来ない方法で――はて、それはどんな方法かね?」

みんなでいろいろアイデアを出す中、こんなことを言う人がいました。
「どうだろう。演歌ちゃんの大好物、アメリカンドッグを食べながら天国に行ってもらうってのは?」
それを聞いて私は何のことだがさっぱりわかりませんでした。

「奥さん、演歌ちゃんは休日に寄席通いをしてたよね。で、その帰りに大好物を食べるのがささやかな楽しみだった。それは奥さんも知ってますよね?」
それは私も知るところでした。
「その大好物というのが、アメリカンドッグだったんだよ」
思わず「えっ!?」と驚きました。
主人は酒も煙草もやりません。
体が強くありませんでしたから、脂ものは医者に止められ、家では一切食べなかったんです。
けど、どうやら私に隠れて、外ではこっそり食べていたようです。
1人の方が言いました。
「つまり、アメリカンドッグこわい、ってわけさ」
これには仲間たちがドッとウケました。
「そりゃいい! 普通は柩の中に花びらをたくさん入れるけど、演歌ちゃんの場合はアメリカンドッグだ! たくさん入れてやれ!」
そうして、私も押し切られる形で話がまとまりました。

本音を言えば、私に隠れて、そんな脂っこいものを食べていたなんて正直いい気はしませんでした。
私がどれだけ主人の身体を考えて毎日料理をしていたか……。
お医者さんの忠告を無視したことが原因で、寿命をはやめたのかもしれませんし……。
けど、もう旅立ったのですから、好きなだけ食べてほしいという気持ちも一方でありました。

そこから近所のゲームセンターにあったUFОキャッチャーで、いい年したおじさまたちが目の色変えて景品のアメリカンドッグを取りまくったんです。

おかげで、主人は、たくさんのアメリカンドッグと一緒に天国へ。
その時、柩に入りきれなかったものがたくさん余って……それがこんなに。
もはや要らないものですね。

――奥さんは語り終えた。

「わかりました。では、これは処分品ということで」
新井は話が聞けたことで満足し、それらを処分用ダンボールに詰める。
が、すぐにこれまでの記憶がフラッシュバックし、その手を止めた。
「香川、さっき、おまえノートの山を処分用ダンボールに入れたよな?」
「はい。それがなんすか?」
「表紙にアメリカンドッグの落書きがあったノート、なかったか?」
「そんなのありましたっけ?? 覚えてないですけど……あッ、あった!」
香川が担当している処分用ダンボールから、アメリカンドッグの落書きがあるノートが確かに出てきたのだ。
新井は、この家にあるもの全てを記憶しているようだ。
「貸してみろ。奥さん、これは捨ててよいと言ったものですよね?」
「ええ。私がメモ帳に使ってたものですから」
「けど、表紙にアメリカンドッグを描いたのは誰です?」
奥さんはのぞき込み、
「そんなもの描いてあったなんて今までちっとも気づきませんでした。あの人が暇つぶしに描いたんじゃないかしら」
と答える。

「ちょっと中を拝見してもよろしいですか」
「ええ、どうぞ」

新井はノートをパラパラとめくった。最初は奥さんの筆跡らしい日常のメモが続き、やがてそれは途中で終わり、後半はまっさらの白紙のページが残っている。
もうしばらくめくると、また文字の書かれたページが始まった。

「奥さん、この字は?」
「……主人の字です。なんですか? これ……」

新井はそれが“ネタ帳”だとすぐにわかった。
ページの真ん中に大きく「アメリカンドッグ、こわい」と書いてあったからだ。
どうやらご主人はオリジナル落語を作っていたらしい。

話の内容はこう――
妻は旦那の身体を心配して、脂っこいものを一切食べさせてくれない。けど、主人公はじつは脂っこい食事が大好き。
だから、こっそり食べている。
周囲にも「アメリカンドッグがこわい」と言って、嫌がらせで持ってくるのをこっそり食べている――
という展開だ。
ほぼ「まんじゅう、こわい」と同じで、オリジナルとは呼べない代物だった。

「やっぱり三流亭演歌ね。その名の通り三流だったみたい」
奥さんが呆れる。

ちなみに「まんじゅう、こわい」のオチは、さんざんまんじゅうを食べて、それを見られた主人公は周りから「おまえが本当にこわいのは何なんだ?」と聞かれる。
すると男は「ここらで一杯の熱いお茶がこわい」と答える。
これがオチだ。
三流亭演歌の新作では「ここらで、キンキンに冷えたビールがこわい」とある。

「あははは。あの人、落語は好きだったけど、創作の才能はなかったわね」奥さんが笑う。

新井はその時、見逃さなかった。
「奥さん、次のページにも何か書いてありますよ」
うっすらと透ける文字が見えるのだ。

「あら、ホントだ」
そう言ってページをめくると、そこには大オチが書いてあった。


『けど、一番こわいのは、それらを禁止している妻が一番こわい』


奥さんはその文字をやさしい表情で見つめた。
新井が言う。
「ご主人、奥さんのこと、本当に愛してたんですね」

「ええ、そうみたい……」
奥さんは部屋に飾ってある主人の写真に伝えた。
「ありがとう、あなた」
その目から大粒の涙がこぼれた。

それを見て香川がグッとこらえている。

「ごめんなさい。そのアメリカンドッグのおもちゃ、やっぱり持っていくわ」
「了解です」
新井は応えた。
「それと、このノートも大切にしたいから持ってきます」
これには香川も応える。
「任せてください! 旦那さんとの大切な思い出が詰まった荷物。気合を入れて運ばせてもらいますね!」

これだから引っ越し屋はやめられないと思う。
新井も香川も抱える荷物は重いが、気持ちは軽い。
「先輩、『Don't think, feel』考えるな、感じろって意味。おれ、少しわかったかも」
無事、本日の業務を完了しそうだが、残念なことに一銭も入らない。
事務所に帰ったら、美波が激怒することだろう。
香川にはそれが唯一の重荷だった。

(つづく)



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