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リレーストーリー「引っ越し仕事人#8」

第8話 島本と香川家

助手席の新井は、ある考えを運転中の香川に伝えた。
「島本さんはな、おまえの実家からあの香炉を盗んできたんだよ」
「えッ!? おれんちっすか??」
新井はそう確信していた。
「証拠はあるんすか?」
「そんなものはないよ。ただ、香炉をおれの部屋に侵入して壊したヤツは誰だかわかってる」
「まさか、うちの使用人ですか!?」
「違う。美波だ」
「えっ、美波さんって、あの美波さんですか??」
美波とは新井が経営するスマイル引っ越しセンターの経理兼見積もり担当の女だ。
「おまえには言ってなかったが、おれの部屋からある物が盗まれていた。500円玉貯金箱だ。コツコツ貯めて中がぎっしり詰まった状態の貯金箱だ。最初それがなくなってる時は強盗の類いだと思ったが、なんてことない。おれんちに入れてカネをとってくヤツはひとりしかいない。美波だ」
「え……先輩と美波さん、つきあってたんですか」
「なわけないだろ。美波は未成年だぞ」
「ですよね」
「おれんちは会社の社宅扱いになってるから、美波にはキーを持たせている。いざとなったら入れるようにしてあるんだよ。その上でカネをとっていった。なぜだかわかるか?」
「最近先輩が引っ越し代金を稼いでこないから……じゃないですか?」
「その通りだ」
「せめてもの罰として、おれの500円玉貯金箱を差し押さえて会計に計上するつもりなんだろう」
「こわいっすね、美波さん……」
「あの女に歯向かえる男なんてこの世にはいない。おれもそのひとりだ」
「おれも無理す。ってことは、美波さんは500円玉貯金箱を奪いに来て、その時に香炉を踏んづけたってことですか?」
「それが違うんだよ。美波にそれとなく聞いたら、会社に密告メールが届いたって言うんだ。『スマイル引っ越しセンターは盗みをしている。依頼主の香炉を盗った』って。美波も、島本さんに容疑が出ていることは把握しているから、相手は犯罪者だし、ただ証拠隠滅すればいいと思ったらしく、故意に踏んづけたらしいよ。コノヤロー! 真面目に働けって」
「想像できますね……」
「で、うちの会社にそんな密告をしてきたのは誰かって話だよ」
「おれの親父っすね」
「たぶんそうだろうな。香川の親父さんは、おれたちに島本さんのことを嗅ぎまわるなと忠告してきた。これって、香川家と島本さんは何らかの関係があると認めてるようなものだろ」
「確かに……」
「ただ、明確な証拠はなにひとつない」
すべては新井の憶測にすぎない。
正宗は尻尾こそ露わにしているが、つかませないのだ。
「あのクソ親父、きっと島本さんのことカネにもの言わせてイジメてたんスよ! 親父はそういうヤツですから。おれにはあの島本さんが悪い人にはどうしても見えないっす」
「まあな。けど、被害届が取り下げられたとはいえ、盗みをしていたのはご本人が認めているわけだから」
香川は悲しそうに黙った。
これ以上、島本さんを庇ってもその罪がより浮き彫りになるだけだと感じたのか、はたまた父親に歯向かいたくて擁護しているだけとも思われたくないのか、言葉は続かなかった。
新井は話題を変える。
「親父さん、骨董好きなんだな。香炉、集めてるのか?」
「えっ、そうすか!?」
「集めてるよ。おまえの実家に行った時にしっかりこの目で見たから」
「おれ、十代で実家を飛び出してるから、よくわかんなくて……」
二人を乗せた引っ越し車は、新規の依頼主の元へと向かった。
今日はしっかりと売り上げをつくらなければならない。
でなきゃ美波にブチ切れられる。
新井はしばらく真面目に働こうと心に誓った。

その日、新井と香川は誠心誠意の引っ越し作業をした。
昼の休憩中、缶コーヒーを開けながら新井は気になっていることを口にした。
「島本さん、今も絵を描いてるのかなぁ」
「そうすね。描いてるんじゃないですか」
「!」
「?? ……なんすか? 先輩」
「おまえ、なんでそう思うわけ!?」
「だって、島本さんの新しい住まいには描きかけの絵があったじゃないですか。あれ、島本さんが今、描いてる絵でしょ?」
新井は香川の引っ越し屋としての成長に少しばかり感心した。
ちゃんと家の中にあるものを記憶している。
部屋に置かれた物からその人の暮らしを感じるようになってきたのだろう。
「それくらいわかるっすよ。おれ、島本さんの荷物を一度はまとめたんですから。引っ越す時には真っ白だったキャンバスが、引っ越し先ではそこに絵が描かれていた。あの新居に入った時に、真っ先に目に飛び込んできましたよ」
「あの絵の女性、誰だと思う?」
「亡くなった奥さんっすよね」
「描きかけだったけど――きれいな人だったな」
「美人でした。島本さん言ってました。田舎暮らしは奥さんの夢だったって。あの絵を完成させて、奥さんと穏やかに暮らしてほしいっす」
「だな」

新井と香川は午後の仕事に戻った。
荷づくり荷ほどきの仕事からは、依頼主の暮らしが見える。
長年蓄積された思いが、引っ越しによって刷新される。
引っ越し屋はそのお手伝いだ。
新井はそのことは十分理解しているつもりだった。
が、いつのまにか踏み込む過ぎてしまったのかもしれない。
人生を再スタートさせるお手伝いでよいのだ。
そう言い聞かせながら働いた。

「ご苦労様、引っ越し屋さん。で、これ」
新井はその日しっかりと正規の報酬をもらった。
その後の依頼主の人生は、願うだけ――それでよいのだ。
「香川、お金もいだたいたし、一杯行くか!」
「そうすっね!」

働いた体に酒は染み渡った。
「島本さんはおれの実家から呪いの香炉を盗った。先輩はそう見るんすよね?」
「ああ、そう見る」
「ってことは、おれんちは呪われていたんすかね? 香炉があったわけだから」
新井は呆れる。
呪いなんてものを少しでも信じていることもその要因だか、なにより実家について何も知らないことに呆れた。
「おまえ、本当に自分んちのこと何も知らないんだな。香川家は物流ビジネスで財を成した一族だ」
「なんとなくは聞いてましたけど……てか、なんでそんなこと知ってるんすか?」
「調べたんだよ!」
「調べて出てくるもんなんすか?」
「それくらいおまえんちは有名なんだよ。親父さんは骨董愛好家の中でも有名人らしい。目利きのできる人物で、派手な取引をして古美術の世界でも権力があるという話だ。島本さんは贋作を相手につかませて、本物は価値のわかる人に売っていたのかもしれない。それで足がついて被害届が出た。けど、今回の一件では一斉に被害届は取り下げられた。これって不自然だろ?」
「そうすね……」
「おまえの親父さんだよ。古美術のネットワークをつかって被害届を取り下げさせたんだろう。そんなことできるのは、おまえの親父さんくらいしかいない」
「わかった! 息子のおれが盗みに関わってるとわかったから、マズイと思って島本さんを逃したってことですか!?」
「……かもな」
「けど先輩、おれたちが盗みをしたことで、島本さんが逮捕されずに済んだのなら、おれ、後悔はないっす!」
「そういう犯罪推奨みたいな発言するなよ」
「島本さんには、奥さんの絵を完成させてほしいっすから!」
新井も香川も、島本のその後の人生を願った。
島本によって妻の絵が描かれ、完成する。
二人には穏やかな田舎暮らしが永遠に続いてく。
酒が心地よいイメージを二人に描かせる。

その時だ。
居酒屋のテレビがニュースを伝えた。
「……長野県警は窃盗詐欺容疑で元教員の島本英二を逮捕しました……」
画面には島本が連行される様子が映っていた。
新井に衝撃が走る。
「チクショー! 島本さんの絵はまだ完成してないのにッ!!」
香川はテーブルに拳を叩きつけて悔しがった。
「親父が何か動いたんすよッ」

(つづく)


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